部室から出ると外はもう藍に染まっていた。夜の冷たい風にもうすっかり冬だなとしみじみ思う。部員全員が部室から出てきたのを確認してから鍵をかけ、急いで元も場所に戻そうと踵を返すと突如現れた人物に持っていた鍵を奪われる。
「俺が行ってくる」
かけられた声に視線を合わせる為に少し見上げるとそこにいたのは赤葦くんだった。かちりと合った静かな視線にどきりとして言葉がうまくでなくなってしまう。
「……でも」
絞り出すように出た声はいつもより小さくて赤葦くんには聞こえなかったのか私が言葉を続ける前にさっさと行ってしまった。
少しして帰って来た赤葦くんにお礼を言うために駆け寄ろうとしたが木兎さんに絡まれていて何だか近づきにくくなってしまった。それでも行くべきか諦めて後日にするべきか迷っていると、先輩になまえちゃんも一緒に帰ろうよ、と声をかけられついにそれは叶うことがなかった。
一緒に帰る、といってもバレー部の誰かが帰ろうとすると皆もそれに合わせて帰るのでそれなりの人数での下校になる。前を歩く賑やかな木兎さんとそれを受け流す赤葦くんを見て微笑ましく思う。そろそろ分かれ道でいつものように挨拶をして一人街灯に照らされた道を歩く、はずだ
った。
「暗いから送ってく」
赤葦くんの思わぬ提案に私のいつも
は崩れる。
「大丈夫だよ、赤葦くんが帰るの遅くなっちゃうし」
「俺がしたいだけだからみょうじさんは気にしないで」
この人はどこまで紳士なのだろうか。密かに赤葦くんファンが多いのも頷ける。歩調を合わせてくれる姿に私はまた胸がきゅんとした。
もともと赤葦くんも私も饒舌な方ではないので自然と静かになってしまうことに私は少し焦りを感じた。何か話題はないかな。あ、そうだ。
「あのさ、さっき代わりに鍵戻してくれてありがとう」
「そんな大したことしてないけど」
「そんなことない!嬉しかったよ」
思わず力んでしまったことに少し恥ずかしくなる。でもたしかに赤葦くんからしたら大したことではないのだろう。でも他でもない赤葦くんだったから嬉しかったのだ。そんなことは本人に告げることはできないけれど。
「……そっか、なら良かった」
あ、笑った。もしかしたら私が必死になっているのに笑ったのかもしれないが、笑った赤葦くんなんてレア だ。心のフィルムに焼き付けておこう。赤葦くんと二人っきりなんて初めてかもしれない。少し手を伸ばせば触れることの出来る距離に胸がいっぱいでもっと近づきたいという欲望が湧き上がる。でも実際はそんなことを出来る仲でないことに小さくため息を吐くことしか出来なかった。
気が付くともう家の近くで本当にあっという間だった。贅沢を言うならもっと一緒にいたかった。決して会話が大盛り上がりしたわけではないが、それ以上赤葦くんの隣は穏やかで心地良かった。
「赤葦くん、送ってくれてありがとう」
その言葉を言うのには少し勇気がいった。その言葉は間違いなく別れの合図でこの心地良い時間を自分で終わらせるのだ。嬉しいわけがない。
「俺さ、今日誕生日なんだ」
今日が誕生日ということにもだが、自己主張が強くない赤葦くんがそんなことを突然言うものだから少なからず私は驚いた。
「おめでとう。ごめんね、私何も用意してないや……」
好きな人の誕生日も知らないなんて私はなんて情けないのだろうか。できるならこのまま今日の朝からやり直したい気分だ。
「別にそれは気にしてない。でも一つ聞いてほしい」
真剣な眼差しにごくりと息を飲む。赤葦くんからのお願いごとだなんてこれまたレアだ。今日は短い時間で赤葦くんの新しい一面をたくさん見ている気がする。
「実は俺、みょうじさんのこと好きなんだ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
いきなり過ぎて頭がついていかないし、最早これは私の都合のいい夢なんじゃないかと思い始める。みょうじさんのこと好きなんだ、その言葉をもう一度飲み込む。やっぱりよく分からない。
「返事はいつでもいいから」
そう言って赤葦くんは背を向ける。その時に吹いた冷たい風に切なくなる。このまま藍色に溶け込む赤葦くんを見送るだけで本当に私はいいのだろうか。もう夢でもなんでもいいや。
「私も!赤葦くんが好き!」
堰き止めていた思いが一気に溢れ出していくのにそれが空っぽになることはなくて赤葦くんへの思いを再認識させられる。
「みょうじさん顔真っ赤」
そっと赤らむ私の頬に触れる赤葦くんと目が合う。早まる脈が必死で好きと伝えているようでなんだか恥ずかしい。胸の中にある温度のまま伝えてみたいのに言葉にするとなると当てはまるものが思い浮かばない。
「目、閉じて」
静かに告げられた言葉に抗うことなく目を閉じる。唇が触れる前に耳元で告げられた言葉にまた脈が早まった。
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