絶妙な膝丈の黒ワンピースに、ふんわりとした純白のパニエが映えるこれは、いわゆるメイド服というやつで、大きめのフリルがついた白いエプロンと同色のカチューシャも付け、最後に黒のサイハイソックスで絶対領域も忘れずに演出して完成。
なかなか似合っているかもと自画自賛したこの服は、赤葦を除いたバレー部レギュラーメンバーと私達マネージャーとで厳選した一着だ。
じゃーん!と効果音をつけて、私の部屋に待たせていた赤葦の前に満を持して登場すれば、いつも冷静沈着な赤葦もさすがに驚いて目を見開いた。が、すぐに呆れを含んだ溜め息を吐かれてしまった。
「…なんですかそれ」
「なにってメイド服」
「それは見れば分かりますよ、なんでメイド服なのか聞いてるんです」
「だって今日赤葦の誕生日でしょ?」
みんなで選んだんだよ、とその場でくるっと回ってひらりとスカートを翻したのに、だからメイド服と誕生日に何の関係があるんですか、と至極冷静にツッコまれたので頬を膨らませる。木兎の台詞を借りるならば、「赤葦たまにはノッて来て」だ。
もちろん最初からメイド服を買いに出掛けた訳じゃない。普段遣いできる実用的なものを探していた。はずだった。だけどそこは激安の殿堂と呼ばれる大型雑貨店。好奇心旺盛な高校生にはアレもコレも刺激をくすぐられるものばかり。悪ノリした部員とマネ達に連れてこられたコスチューム売場で、いつの間にか私も、あれでもないこれでもないと真剣に衣装を選んでいた。
「男の憧れだって言うからさ」
「なに吹き込まれてるんですか…」
「ナースの方が良かった?」
「そういうことじゃなくて」
喜んでくれると思ったのに…、そう言って俯き、ふわふわ揺れるスカートの裾を掴んで唇を尖らせた。
「男は誰でもこういうのが好きなもんだ」って木葉は言ってたけど、赤葦は違ったみたい。主役に気に入ってもらえないのなら意味がない。じゃあもう着替えるよ、と踵を返したら、ぐっと腕を掴まれた。振り返ると赤葦が無言でこちらを見下ろしている。なに?と首を傾げれば、掴まれた腕にぐっと力が増した。
「……誘ってるんですか?」
「……誘ってないと思ったの?」
こんなあからさまな服を着て彼氏の前に出ておいて、純情ぶるつもりなんて今更ない。むしろいつもと違う顔を見せてくれるかもと期待してこの服を選んだんだから。
「こういうの、嫌いなんでしょ?」
「嫌いとは言ってません」
「ほんと?」
「俺がなまえさんに嘘ついたことありますか」
ないけど、でもそれならその眉間の皺は何なのかと問えば、「なまえさんの掌の上で踊らされているみたいで癪なんです」とはっきりとした声で返された。それから赤葦が私の爪先から頭のてっぺんまでゆっくりと視線を移動させていく。
「……まあ俺も男なんで、」
舐めるように見るってこういうことを言うんだろうな、と思っていたら、いつもより少し低い声で囁かれた。
「……興奮してますよ、月並みに」
言って、掴んでいた私の腕を自分の方に引いた。私は呆気なく赤葦の胸に抱き止められて、首筋に唇を寄せられる。少ししてそこにぴりっとした痛みが走った。皮膚を強く吸い上げられた感覚に、見なくても痕がついたと分かる。いつもの赤葦なら、誰かに見つかってしまいそうなそんな場所に痕をつけたりしないのに。そう思いながらも、抵抗らしい抵抗もせずに受け入れた。だって嬉しい、こんな強引な赤葦は初めてだ。ざらりとした舌が痕のついた所を往復するから思わず、京治、と呼んだら、何か言いたそうな顔でじっと見られた。
「…どしたの?」
「なまえさんって今メイドなんですよね?」
それなら俺の言わんとすることが分かるでしょう?と言わんばかりの顔をされ、多分あれを言わせたいのだろうと悟る。コホン、とひとつ咳払いをして、ご所望の台詞を紡いでみる。
「どうかなさいましたか?ご主人様」
どうやら正解だったらしい。ノリノリですね、と言われたが、赤葦の声から不満も不機嫌さも消えたように思えた。
「あと俺、今日誕生日なんですけど」
そう言われて、ああそういえば一番肝心な事をまだ伝えていなかったなと思い出す。
「本日はお誕生日おめでとうございます、ご主人様、もとい、京治様」
言って、赤葦のネクタイをくいっと引っ張り、唇を奪ってみせた。触れた唇がいつもより熱いのはきっと気のせいじゃない。
「…すげえ強気なメイドですね」
「お気に召しません?」
いや、と短く否定して、私が乱したネクタイをシュッと解きながら、口角を上げて赤葦が笑った。そうそれ、そういう顔が見たかったの。
「躾甲斐のあるメイドだなと思って」
なんて返されたから、なんだ赤葦だって案外ノリノリじゃない、と言おうとしたのに深く口付けられて叶わない。そのままベッドに誘われて、もう余計なことは一切考えられなかった。
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