私の彼氏は、とにかくお人よしだと思う。二年生でありながら強豪校の副部長を担っていたり、副部長と言いながら部長の仕事をとにかく手伝っていたり、そのせいで私との時間が削られてしまっていることは正直言って少し寂しい。でも、それは向こうだって同じこと。だから一緒に居られる時にはお互いに甘えたいし、甘やかしてあげたい。いつまでも初々しいカップルみたいだね、なんて友達に言われてしまうけれど、それも仕方がないんじゃないかなって思ってる。
でもね、ちょっと物足りないなぁと思う部分も確かにあるわけで。
「まだ終わんない?」
「あー、もうちょっと?」
「さっきも聞いたし」
部活動壮行会で全校生徒の前に立って発表するのは、木兎先輩に与えられた任務なんだって聞いている。その原稿を任されたのが、副部長である京治。皆で考えようかって話も出ていたみたいなんだけど、大勢で寄ってたかって考えたってどうせ纏まらずにギリギリであたふたするだろうからって持って帰って来ちゃったらしい。だから「任された」というよりは「仕事を奪ってきた」という方が正しいのかも。
そんなところが好きになった一因ではあるんだけど、久しぶりの二人きりの時間をそんな紙切れに奪われてしまっていることが「彼女」としては面白くない。良い表現がなかなか浮かばないらしく、あと十分、あと五分、あと十五分、なんてのらりくらりと言われ続けてあともう少しで一時間。部屋にあった雑誌も目を通し終わって満足してしまったし、ゲームアプリにも飽きてしまった。声を掛けて邪魔をしていては終わりが遠ざかってしまうということも理解はしているけれど、納得はできないからどうしてもやめられない。
「けーじ」
「待ってって」
あ、ちょっとイラッとしたみたい。これ以上続けると折角の時間が居心地悪くなってしまうから、ぐっと我慢することにする。何で私ばっかり、とは思わない。だって、京治も我慢して頑張ってくれているのは分かっているから。それでもね、何度だっていうけども寂しいものは寂しいので。
「頑張れー」
「おー」
シャーペンを走らせるその背中に、ぺったりとくっついてみる。邪魔をしないように、邪魔をしないように。気を遣っての行動は、どうやら成功したらしい。振り払われることもなく、つい先ほどの苛立ちはどこかへと旅立ってしまい、心なしか嬉しそう、というのは私の希望的観測なのかもしれない。
いつもいつも、何だかんだで引き受けてしまった仕事のせいで二人の時間が奪われてしまう。折角の時間を構ってもらえないまま過ごすというのは確かに寂しいけれど、でも、嫌いじゃなかった。仕事をしている京治の隣でゆったりとその終わりを待つ時間。それも案外、楽しいものだから。
「何かお手伝いすることはありますか」
「黙っていてください」
「……はーい」
酷いなぁ、なんて呟いてみるけれど黙殺される。本心ではない軽口の応酬みたいなものだからお互いに気にしていないけどね。くすくすと笑い合って、それから一時の静かな時間。次に会う時はどんなことをしたいか、どこに行きたいか、なんて考えながら時間を潰すことにする。水族館。動物園。映画館。ウィンドウショッピングもいいかもしれない。
あれがしたい、あそこに行きたい、なんて色々と考えている間にも京治のシャーペンはカリカリカリと音を立て続けていて、それがピタリと止まったから「もしかして」と思う。
「ほら、読んでみて」
「ん」
終わった、とは言わずに原稿を渡されたものだから、ざっと目を通す。その道のプロというわけでもないし、変な表現や分かり辛い表現が無いか、ということを確認するだけの簡単なお仕事。問題ない、と返した後でもう一度京治が読み返し、納得したところでお仕事は終了。本当に長いお仕事でした。ということで。
「お疲れ様」
「んー」
軽く頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。背が高いと撫でられる経験が殆ど無いから、それで簡単に落とせるよ、なんてネタはどこで見たんだっけ。あながち嘘でもないんじゃないかな、なんて京治を見ていると思ってしまう。
私の彼氏さまはとにかくお人好しで、どんどん仕事を引き受けてしまう。そうやって疲れ切ったところで甘やかしてあげられるのは私だけの特権みたいなものだから、ちょっとだけ優越感。責任感が強いというか、器用貧乏というか、楽をするのが下手で私だけに甘えた様子を見せてくれる彼氏さまのことが私は大好きなんだなぁって、京治をお仕事に奪われてしまったその後には実感している。
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