高校生の男の子は、所謂お年頃の時期だと思っていた。恋愛の価値観は男女で全く違うとはよく言うものだけれど、それが特に顕著な時期だと思っていた。
もっと具体的に言えば、男の子の方が恋愛に対して貪欲で、暴走しがちだと。
…そう、思っていたけれど。
「…木兎ぉ」
「んー?どした?」
「私ってそんなに魅力ないかなぁ」
私の彼氏さんは、どうやらそうではないらしい。
付き合い始めてからもう結構経つというのに。彼には貪欲さどころか、積極性というものが皆無だ。初めの頃は、後輩だし照れ臭いのかな、なんて。私は、長続きしない会話にも初々しさという魅力を見出して楽しんでいたのだけれど。
キスはおろか、未だ手を繋いだことすらない。部活終わりに一緒に帰ることはあるけれど、その時でさえ、私たちの間にはもどかしい距離がある。
最近は、顔色一つ、口調一つ変えずに、ただ淡々と他愛ない話をする彼の横顔をぼんやりと眺めながら、この人は本当に私のことが好きなのかな?なんて考えてしまう始末だ。
ただ席が前だと言うだけで、相談してもろくな答えが返って来そうにない同級生に思わず愚痴を溢してしまうぐらいには、私の神経はすり減っていた。
「んー、そうだな…」
珍しく真剣な眼差しでじっと私のことを見つめてきた木兎に、思わず顔が引きつる。
「な、なによ?」
「いやー、でもこれを言うのはなぁ」
「ちょ、何かあるならはっきり言ってよ!」
何か思い当たる節があるらしいが、わざとらしく言葉を濁す木兎に思わず食って掛かる。
「ほんっとーに言っていいんだな?怒らないって約束するんだな?」
「します…っ!約束するから、教えて下さい!」
やっぱり、男子にとって重要な何かが私から欠落しているのかしら、なんて思っていたら。
「みょうじは…、あれだ、ほら。…胸が」
「え?ごめん、何?聞こえなかったから、もういっぺん言ってみてくれるかしら?」
木兎が私の身体のある一点を見つめて神妙な顔で呟いた単語に、私はすぐさま笑顔で返した。続きを言うことは許さない。人が気にしていることをこんな他の生徒もいる教室でよくもまぁ口にしてくれるものだ。
「おまっ…怒らないって言ったじゃねーか!」
「それとこれとは話が別でしょーが!!」
「ちぇっ、せっかく木兎さんが直々に教えてやったってのによー」
「大きなお世話ですーというか最早セクハラですー」
む、と唇を尖らす木兎の腕に軽く拳骨を打ち込む。全く、人を何だと思っているのか。これでも一応、華の女子高生だというのに。
「分かってねーな!セクハラってのはこう…」
しかしそこで、引き際を弁えず、いつもの如く悪ノリを始めた木兎が、大きな両手でわしわし、と何かを掴む仕草を始めたから。
「あんったねぇ…!いい加減に…!」
「わー!すまん!!!スミマセンっしたーっ!」
ガタリ、と勢いよく席から立ち上がって、ツンツンにセットしてある髪めがけてチョップを振り下ろそうとしたところで。
「…何やってるんですか?」
「!?」
背後から、静かな低音が響いた。
「あ、赤葦ィ〜〜!!!!聞いてくれよ、お前のカノジョがさぁっ…!」
「ちょ、木兎…!」
「?」
わっ、と泣き真似を始めた木兎が何を言うのか分かったものではないので。私は慌てて、絶対に言わないでよ、と彼にだけ聞こえるように小さく囁いた。
「ごめんね、赤葦くん…木兎がいつもの如く悪ふざけしてただけだから」
「オイオイ、聞き捨てならねぇぞ!そもそもみょうじが…!」
「私が、どうかした?」
ニコリと笑うと、うぐ、と言葉に詰まる様子の木兎。不服そうな顔をしながらも渋々口を噤む決意をしたようだ。
「…大体の事情は分かりました。木兎さん、今日のミーティングのことなんですが」
そして、そんな私たちのやり取りが一通り終わるのをじっと待っていてくれたらしい、できた副部長である赤葦くんは、会話が途切れるや否や木兎に話しかけた。
…内容は、聞くまでもなく部活のことのようだ。
(…私に会いに来た、とか。…そんなことあるわけない、か)
当然のことながら、前の席で話し始める2人の間に割って入れるわけもなく。
私は身勝手なことを考えつつも少しだけ寂しくなって。カタン、と再び席を立って友人の元へ相手をしてもらいに行くのだった。
***
「なまえさん、帰りましょう」
その日の帰り。
珍しく、赤葦くんと部活が終わる時間が被った。どうやら、今日はミーティングだけだったようで。
…そして、本当に珍しく、赤葦くんが私のことをわざわざ迎えにきてくれて。瞠目せざるを得なかった。
「わざわざありがとう」
「いえ、丁度いい時間かと思っただけですから」
「そっか」
…ほら、また。
あっという間に会話は止まってしまう。
アスファルトの上を進むたびに、2人分の足音だけが響く中、さてどうしたものかと思いあぐねていると。
「…なまえさんは、木兎さんと仲がいいですよね」
「えー?そうかなぁ…まぁ、3年間クラスも一緒だったし、腐れ縁みたいなものだと思うけれど」
唐突に振られたのは、悪友である木兎のことで。苦笑いしながらそう応えつつ、またもや会話が途切れてしまわないように、今度は、どうして?と続けた。
「…いえ、ふと思っただけです。気にしないで下さい」
ぴしゃり、と。
せっかく少しだけ開いた扉を眼と鼻の先で閉じられたような、そんな気持ちになるような答え。
…けれど、真っ直ぐ前を向いたままの赤葦くんの空いた拳に、少し力が入ったことを私は見逃さなかった。
「ねぇ、もしかして、さ」
「…何ですか?」
「妬いてくれてたり、した?」
もし、見当違いだったら、とんでもなく恥ずかしいので。敢えて少しだけ茶化すような口調で私は赤葦くんの顔をそろっと覗き込んだ。…もちろん、ドライな彼に目ぼしい反応はあまり期待していなかったのだけれど。
「…だったら、何だって言うんですか」
「えっ?」
首に巻いた赤いマフラーをぐい、と鼻のあたりまで上げるような仕草をしながら。彼の口から降って来た言葉は、私の予想を裏切るもので。眼をぱちくりとさせていると、赤葦くんが初めてこちらに視線を送った。
「俺といるより、木兎さんといる方が楽しそうに見えるんですから、嫉妬ぐらいしますよ」
「…えっと、」
(あれ、赤葦くんってこんなに饒舌だったっけ?)
呑気にそんなことを考えている間に、赤葦くんはツン、と再び前を向いてしまったから。
「…赤葦くん、ごめんね?」
「何がですか」
「私、今ちょっと嬉しいかもしれない」
「…は?」
間の抜けた返事、というのはまさにこのことを言うのだろう。澄ましたような表情から一転、ぽかんとしたような顔になる赤葦くんの右手に、そっと触れてみる。
「…ッ!?」
「確かに木兎といるのは楽しいよ?…でもね、私が手をつなぎたいなぁ、とかもっと一緒にいたいなぁって思えるのは…赤葦くんだけ、なんだけど」
珍しく、というか恐らく初めて。私は素直な気持ちを口に出してみた。
こんなセリフが自分の口から出てきたことに自分でも驚くけれど。…本心なんだから、仕方がない。…それに、今なら赤葦くんのポーカーフェイスを崩せるかもしれない、という出来心には敵わなかった。
しばらくの間。
無反応、というのが一番居た堪れないんですけど、と内心ドギマギしながら赤葦くんの表情を伺っていると。ボッ、と。まるで炎が灯ったかのように、唐突に赤葦くんの頬が真っ赤に染まった。
「!」
決して、表情が崩れたわけではない。むしろ、いつもの冷静な面持ちはそのままだったけれど。例えそれを差し引いたとしても、彼の動揺は隠しきれていなかった。
寒いから、という理由だけでは到底言い逃れできないその変化に、私が眼を見開くと。
「よ、よくそんなこと口にできますね…!」
「…うん、私も自分で吃驚した」
「でも、まぁ、分かりました」
取り繕うかのようにそっぽを向きつつも。触れるか触れないかの距離にあった手が、ぎゅ、と握られる。
「これで満足ですか」
「…う、ん」
赤葦くんって体温が低そうだな、なんて勝手に思っていたけれど。真冬にも関わらず包み込まれた手の中はぽかぽかと温かくて。私は不器用ながらも繋がれた手を眺めながら、小さくこくり、と頷くのだった。
赤葦くんのどこが好きかって?
…もどかしいくらい無欲なところ、です。
こうやって、お互い少しずつ気持ちを吐露しあって。
少しずつ、自分たちのペースで近付いていけたなら、それが一番素敵だな、と。
繋がれた左手に全ての熱が集まるのを感じながら、私はそっと微笑むのだった。
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