…京治の好きなところ。
そうだなあ、道路の車道側をいつもさりげなく歩いてくれたことかなあ。雨の日も、制服だろうとウィンブレだろうと。裾に泥が跳ねても
「洗えば落ちるから、気にしなくていいよ」
なんていつも言ってた。
あとは、コタツが好きなところかなあ。そうそう、私の家に来たとき、コタツから出れなくて困ってた。
「俺の家、コタツじゃないから知らなかった。こんなに気持ちいいんだね。いつもどうやって脱出するの?」
なんて困った顔をした京治がなんだか意外で、可愛らしかった。まだまだいっぱいあるなあ。腕時計似合ってるなんて、付き合いたての時に言ったら、その後のデート中ずっとさりげなく、その腕時計触ってたこととか。二人で散歩した時に、猫にどうしようもなく懐かれて、
「お前のお家はここじゃないだろ」
といつになく優しい声で猫をあやした挙句、最後に「にゃー」と猫とコンタクトを取り始めて目を細めて微笑んでたこととか。
たくさん、そんなことを覚えてる。いつも大人っぽいけど、時々どうしようもなく幼い一面が見えることがたまらなく好きだったよ。
ずっと好きだったし、これからもずっと好き。だからそんな寂しそうな顔しないでよ。
「京治、そろそろ時間だから」
「…なまえ、元気にしてて。」
「うん、京治も。また向こうに着いたら連絡するから。今日は見送りに来てくれてありがとう」
梟谷を卒業して、私は地方の大学、京治は東京の大学にそれぞれ進むことにした。今日はお別れの日だ。二人の分岐点だ。大学を卒業して、就職して、そうしてまた再び二人の道が一つになったらいいなあと遠い未来を思う。
「…あの。…あのさ、なまえ」
「うん、何?」
「大学出たらさ、一緒に住もう。卒業したら、結婚しよう。…だから泣かないでいいから」
…何言ってんの、ずっと泣きそうなのは京治の方でしょ。だから繋いだ手を放そうとしたりはしないんでしょ。そんなのわかってるよ。同じ未来を願っているから、大丈夫だよ。
手を繋いだまま、立ち尽くす京治に背を向けて、手を繋いだまま一歩前に踏み出す。お互いの顔が見えなくなれば、手を握る力は余計に強くなって。
「なまえ」
そんな泣きそうな声出さないでよ。いつも私が泣いてたら、「泣き虫だね」と言ってたくせに。それをからかえば、
「泣いてないよ」
なんて見え透いた嘘つかなくていいよ。京治の顔は見えないけど、それでも彼が泣きそうなのなんて、見るまでもないから。
「なまえ、愛してる」
いつもそんな恥ずかしいこと言わないくせに。背を向けた途端に弱虫になる。そんな弱いところを見せてくれる京治がたまらなく愛おしくて、ちょっとだけ揺らぎそうになる。うん、京治。大好きだよ、愛してるよ。
「私もだよ。じゃあ、頑張ってくるね。京治も頑張ってね。休みには帰ってくるから。体に気をつけてね、じゃあね」
じゃあね、京治。
きっとまた会えるから。また会うから泣かないでいいよ。繋いだ手を放す。高校三年間片時も離れなかった体温に別れを告げて、振り向かないで歩き出す。泣かないよ、泣いたりなんかしないよ。
これからも大好きだから、大丈夫だよ。
京治の好きなところ。何を作っても、「うん、うまいよ」としか言わないところ。困ったことになると、首筋を掻くところ。メールはいつも短文なところ。
案外、弱虫なところ。
あとは、背を向けられるのが苦手なところ、かな。
そんなところも大好きだと、向こうに着いたらメールで教えてあげよう。きっと「ありがとう」だけの澄ました返事がくるんだろうな。
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