「なまえさん」
彼は私を名前で呼ぶ。
それに意図があるのを私は良く知っている。
「おはよう赤葦くん」
「行きましょうか」
「うん」
隣の部屋に住む一つ年下の大学生、赤葦くんとは色々とあったものの順調にお付き合いが続いている。一緒に食事をした時に告白されたのは驚いたが…その翌日の水族館デートの様に何度か重ねてきたデートでも彼の男性としての魅力に心臓は暴れてばかりだ。
「今日は何しますか?」
「んー…あ、そう言えば見たい映画あるんだよね」
「じゃあ行きましょう」
顔を綻ばせて手を差し伸べる彼はとても大人で年下とは思えないオーラを纏っている。その手を取れば男性特有のゴツゴツとした感覚に少し口角が緩む。
「なまえさん」
「ん?」
「今日も綺麗です」
「っ…」
エレベーターの中、耳元で囁かれた言葉は熱を持って私の脳髄までも溶かしてしまいそうな破壊力を持っていた。
「映画面白かったー!」
「ですね流石はハリウッド」
「やっぱり外さないね!」
伸びをして話題は映画からお昼にシフトする。ポップコーンを頼まなかったからだいぶお腹も空いた気がしてお店を探していると赤葦くんの足が止まる。
「ん?和食?」
「ああ、すみません。行きましょうか」
「いいじゃん和食。ここじゃダメ?」
「え…全然ダメじゃないですけど…」
なまえさんは和食好きなんですか、と首を傾げた赤葦くんに普通に好きだと答えると嬉しそうな顔をした。
「赤葦くん和食好きなら言ってくれればよかったのに」
「いつも洋食だったので苦手かと思って」
「そんなことないけどな」
それぞれセットが来て手を合わせていただきますをすればどんどん箸が進む。
「なまえさん、これ美味しいですよ」
「そうなの?」
「よかったらどうぞ」
「ありがとう!」
菜の花の和え物を少しもらったお礼に私も自分のものをあげると彼は嬉しそうにありがとうと言う。
「あ、そう言えばこの間なまえさんに借りた本なんだけど…」
はと思い出した様に喋り出した赤葦くんの敬語が抜けたのにドキッとしつつ平静を装って返事を返す。
「うん、どうだった?」
「なまえさんが言う通り、最後の2ページで驚かされた。面白かったです」
「それはよかった」
敬語とタメ口が混ざった不思議な口調の赤葦くんが可愛くてついつい笑ってしまう。
「?何笑ってるんですか」
「ううん?赤葦くんが可愛くて」
そう言うと彼はムッとして可愛くないです、と即答する。
「どうして?」
「俺男ですよ」
「うん、知ってるよ」
「…年下だからってからかわないでください」
「ごめんごめん」
笑って謝ると謝る気ないですねとぼやいて赤葦くんはため息を吐くと呆れたように笑った。
「でもなまえさんに好かれてるなら、可愛くてもいいですよ」
「…それ狙って言ってる?」
「いえ別に」
サラッとすごい事を言う赤葦くんに内心困らされながらも食事を終えればマンションまで帰って来る。
「じゃあ赤葦くん、今日はありがとね」
「はい。」
「?どうしたの?」
手を離そうとしない彼を不思議に思って見上げると肩に腕を回されてそのままぐっと距離を縮められたと思ったら唇が降ってくる。
「ん…っ」
「…ん、なまえさん」
「ん?」
唇がくっつくかくっつかないかくらいの至近距離のまま赤葦くんが少し掠れた声を出す。
「いい加減、名前で呼んでください」
「…ふふっ」
「なまえさん?」
「ふふ、ごめん…やっぱり赤葦くんはかわいいなと思って」
笑ってそう言うと赤葦くんは肩に回していた腕を解いて首の後ろを掻いた。
「やっぱり今の無しでいいです」
「そう?せっかく可愛かったのに」
「可愛くないです」
そう言って部屋の扉に鍵を刺した赤葦くんより一歩早く部屋の解錠を済ませた私は扉を開けてから声をかける。
「じゃあ、またね京治」
バタンと重い音と共に閉まった扉を背に部屋に入った私は靴を脱いでそのままソファーにダイブ。
今頃一人で真っ赤になっているであろう赤葦くんは想像したら一人でくすっと笑ってしまった。
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