「赤葦〜〜どうしよう赤葦〜…」
「どうしたんですか?」
「課題提出したら再提出って言われたよ〜…」
部活に来て最初に言う言葉がそれなんだからため息もつきたくはなる。一緒に来たマネージャーたちも「ドンマイ」と口々に言うなり笑っているから「笑われてますよ」って先輩に教えてあげた。
「みんな酷いんだよ、助けてくれないの、笑ってばっかり!」
「俺だってどうにもできないですよ」
「え!赤葦ならわたしの味方だと思ってたのに!」
「味方だとしてもそれはどうにもできないです」
「え〜〜赤葦のばかー!」
「(あれ、俺の方が正しいのにバカって言われるとすんごい不服…)」
俺の制服の裾を掴んで泣きわめく先輩に、部活前なのに疲れがドッとくる。あ、ちょ、制服そんなに引っ張んないでほしい、ついでにいえば泣きつくのも正直やめてほしい。「赤葦顔ゲッソリしてるよ」なんて今度は俺の方を見て笑うマネージャーに、助けてほしいといわんばかりの視線を送れば勢いよく逸らされた。めんどくさいことには関わりたくないってか。
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「赤葦ナイサー!」
「もう一本!」
しかし、部活が始まれば泣きわめいていた先輩もなんだかんだでマネージャー業務をしっかりとこなしている。当たり前かもしれないけど、さっきの子どもみたいな姿と、真面目に仕事に取り組む姿のギャップが激しくて別人みたいに思えてくる。木兎さんにお疲れとタオルを渡している姿は、遠目から見れば普通の、ごく普通の女の子だった。「ヘイヘイ赤葦!嫉妬か?嫉妬してんのか?」偶然にも木兎さんと目が合ってしまい、嫉妬とかわけのわからない言葉を大声で叫ばれる。ただ見ていただけなのにどうしてそう捉えられるのか。先輩も「やだ〜赤葦ってば!」と木兎さんの言葉にのっかってきてるし。先輩と俺ってそんな関係に見られてんのか?…だとしたら、うんざりする。
「誰が嫉妬ですか、普段からもそうやって大人しくしててほしいくらいです」
最後のサーブ練習も終わって、ふと時計を見れば夜の7時はとっくに過ぎている時間だった。他の部活をしている生徒はもう片づけを終わらせて帰っている姿をさっき見かけた。ネットなどを片づけて、ぞろぞろと更衣室に向かう途中で、先輩が一つだけ片付けるのを忘れていたボールカゴに気付いて、カラカラと音を鳴らして体育倉庫へしまおうとしている姿を偶然にも見かけてしまった。一人でも十分に片づけられる重さだし、マネージャーしかも女の子にやらせるということもあってか、更衣室に向かおうとしていた足を止め、先輩の方へ向かった。
「赤葦!もう練習は終わったんだから戻りなよ、マネージャーなんかさっさと戻っていったよ」
「なに言ってるんですか、手伝います」
二人でボールカゴを体育倉庫の中へとしまう。体育倉庫にはバレー関係の道具以外にもたくさんの競技の道具がたくさん入っていて、しかもバレー道具はその奥にいつもしまわれていることから一番最後の片付けとなると少しめんどくさい。色んな道具を避けて行って、ようやく元の位置に戻せる。でも数分で終わることだしただ片付けるだけだから倉庫の電気はつけることはなかった。「ありがとう赤葦」先輩に素直にお礼を言われるとなんだか少しムズ痒い。「別にいいです」あ、今のは少しだけそっけなかったかもしれない。
「さあ、帰りますか!おつか…」
「あれ〜?倉庫のドア開いてるよ、開けたの誰〜?鍵も閉めてないし!」
「ごめん、わたし鍵当番だった、忘れてたよ」
「しっかりしてよね〜」
早々と着替えを終えたマネージャー二人が、まだ、俺と先輩が居るというのにも関わらず体育倉庫の扉を、閉めた。おまけに鍵も閉められて、先輩と顔を見合わせる。血の気が引いた。二人は最後まで俺と先輩の姿には気がつくことなく、話声がどんどん遠くなっていった。真っ暗の体育倉庫で先輩と二人、取り残されてしまったようだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ご、ごめんね赤葦、その、暗くてよく見えない」
「今電気つけますから、そこ、動かないで下さい」
「うん」
暗くてなにも見えない倉庫をゆっくり歩いて、壁をペタペタ触る。途中で大きな音が鳴り響いて「いたっ」「キャッ!」先輩を驚かせてしまった。「今なんかにぶつかったみたいで、すみません驚かせて」「あ、ううん、気にしないで、ごめんね、驚いたりなんかして」そりゃ、こんだけ暗くて大きな音を鳴らせばビックリもするよ。少なからずこんな暗闇にいつまでも先輩を居させるわけにはいかなくて、歩いて壁を触って、電気を探す。手が壁のなにかに触れた感触がしたと思えば、スイッチが見つかった。電気をつけて体育倉庫がやっと明るくなる。
「先輩、電気つけました、よ、…」
先輩の方を見れば、先輩は体育座りでうずくまっていた。その姿に言葉が詰まる。先輩の元にすぐ駆けよれば、ほんの少し震えていた。
「先輩、暗いのとか、…ダメな人ですか」
「ごめんね赤葦、ごめんね」
「なんで謝るんですか、…っていうか、俺の方こそすみません」
いつものバカみたいに俺に絡んでくる先輩とは、これまた別人みたいで、どうしたらいいのかわからなくなる。暗いのがダメなんて、知らなかった。そりゃあ、暗い所であんな大きな音出したら、先輩は怖いに決まってるし、体育倉庫とはいえ、電気を探してみるとはいえ、先輩を一人にしてしまったし、ものすごく申し訳なくなる。こんな先輩の姿を見るのは初めてだ。
「らしくないよね、暗い所苦手とか、小学生みたいだよね」
「そんなことないです、…あの、もう明るいし、その…俺、隣に居ますから、安心してください」
「赤葦…」
顔を上げた先輩は、ほんの少し目に涙が溜まっていて、本当にいつもの先輩じゃないみたいでどう接していいのかわからなくなる。先輩の隣に座って、先輩を安心させることしか、俺にはどうにもできないから、ただ、黙って先輩の隣に座る。
「どうしようね、閉じ込められちゃったね」
「先輩、携帯持ってますか」
「更衣室寄ってないもん、持ってない」
「俺もです」
「体育倉庫の明かりで気付いてくれないかな」
「それを祈るしかないですね」
「ってゆうかこの状況結構ヤバイよね」
「俺もそう思ってます」
「マンガだけだと思ってたよ」
「倉庫に閉じ込められるマンガとかあるんですか」
「少女漫画ではしょっちゅうだよ、むしろ定番だよ」
「なかなかエグイことしますね」
広い体育倉庫には俺たち二人だけ。会話がなくなればシンと静かになっていて、さっきまで体育館で声を出し合っていた時とは全く違う雰囲気だ。このまま先輩と二人で閉じ込められて、朝を迎えることになるのだろうか。
「少女漫画はね、こっからも続きがあるんだよ」
「そうなんですか?」
「大体こういうのって、お互い好きな男女が閉じ込められちゃうの」
「へえ(俺と先輩は違うな…)」
「お互いドキドキしてさ、それでね、目が合って、男の子が見つめたまま、女の子のこと押し倒したりとかしちゃうんだよね〜…」
「よくそんなことできちゃいますね」
「でもまあ、わたしと赤葦の間ではありえないことだよね、赤葦にとってわたしはただの先輩だし、わたしにとって赤葦はカワイイ後輩だし」
「なんか、それむかつきますね」
「へ?」
つまり、それって男として見られてないってことですよね。先輩のその発言にほんの少し腹を立てて、勢いで先輩の両腕を掴んで、そのまま先輩を押し倒した。
「あ、あか、あかあし…?」
「もっと警戒してください、俺だって男です」
「なにこれ、マンガと同じ展開だよ、あかあし」
「そうですね」
「さっきよくそんなことできますねって言ってたくせに!」
「今ソイツの気持ちがなんとなくわかった気がします」
俺の下には先輩が居る。いつもと違う光景に、俺も年頃の男子高校生なわけで、興奮しないわけがなかった。ああ、先輩を安心させるとか言っておいて、結局こんなことしてるんだから、男はオオカミとか言うわけのわからない言葉は本当なのかもしれない。先輩の目には少しだけ涙が浮かんできて、俺にとってそれは俺をそそるものであって、ちっとも抵抗なんかにはならない。
「このアングルから見る光景すごくいいですね」
「なんか、赤葦が赤葦じゃない…」
「先輩はもっと警戒してください」
ああ、もうなにをやっているんだ。でもやっていることと思っていることがうまく一致しない。先輩はこんな俺を見てどう思うのだろうか。明日からは俺の制服の裾をつかんだり、俺に絡んだりしてこなくなるのだろうか。ちょっとそれはそれで清々するかもしれないけど、ちょっと物足りないかもしれない。でも、もうどうにでもなれと思ってしまっている自分が居た。
「ヘイヘーイ赤葦!もしかして此処に居たりして!」
そんな時だった。簡単に体育倉庫の鍵は開けられ、勢いよくドアが開けられる。なにが起きたかはわからないけれど、先輩を押し倒したまんま、木兎さんとバッチリ目が合ってしまった。助かったというのに血の気が引いた。木兎さんも固まっているし。もう、どうにでもなれとか思ったけど、穴があったらすごく入りたい。
「えっごめん、邪魔した?」
「そんなんじゃないですから!」
「事故!これは事故だよ木兎!」
「付き合うのは自由だけどそんなところでそんなことしてんなよなー」
「だ!だからそんなんじゃない!」
木兎さんの後ろから着替えを終えたバレー部員がぞろぞろとやってきた。いつまでも更衣室に来ない俺を不思議に思った木兎さんたちがきっとまだ体育館に居ると思ったのだろう体育倉庫の中まで調べてくれるとは、ありがたいけれどこのタイミングでは見つけられたくなかった。
なんとか倉庫から出ることができた俺と先輩だったけれど、数日間ずっとこのネタで弄り倒されたのは言うまでもない。
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