「おまたせ」 「ありがと」 町田がとっといてくれた席にチキン南蛮の乗ったお盆を置く。町田の正面に座ると、ややあってがたりと椅子を引く音がして、日野が俺の隣に座った。 いただきますと律儀に手を合わせた町田をならって、俺も両手を合わせる。横から早速、うまっと声が聞こえて、2人でくすりと笑った。 ああうまい。こりゃうまい。さすが食堂様。なんつって。うまいなとこっちを見て笑った町田に親指を立てて、ご飯をほお張った。ら、あまりにも熱い。吐き出しそうになるのを堪えて、手で抑えつつはふはふと口を動かす。くそあつい。うまいけどあつすぎ。 「猫舌」 「うるへー」 大袈裟に町田が笑ったから、軽く足を振って当てたら、そのまま脚を絡め取られてしまった。脱出を試みるも無理。諦めた。 「なー、奥田」 「ん?」 「…やっぱいいや」 「んだよそれ」 控えめに笑った町田の顔は、やっぱいいやの顔じゃなくて、でもその理由を聞き出すだけの能力は俺にはなくて、何も聞かずに笑うしかなかった。 妙な沈黙を誤魔化そうと、町田に絡め取られたままの脚を振る。なに、と町田が笑ったけど、特に何も用意していなかった俺はまた脚を振ることになった。何を話そうか、考えていると、ガンっ、派手な音と一緒に机が揺れて、思わず固まる。日野が横で小さなうめき声をあげた。 「え、大丈夫?」 「何やってんの日野」 町田じゃない声に顔を動かせば、俺の斜め前、というかほぼ横に園くんがいた。あんたいつの間にいたの。てかあんたが原因かい。 「や、なんでもないっす」 覇気のない日野の声に、この前の名前云々を思い出して、自然と頬が緩む。困って町田の方に視線をやると、町田もまた同じようにこちらを窺っていた。 「も〜、体大事にしなね」 「っす」 園くんの方を見ないで、小さく頷く日野。お前かわいすぎだよ。内心すごく喜んでるんだろうなあと、また口元が緩んだから、それを誤魔化すようにチキン南蛮に箸を伸ばした。 「奥田何食べてんの?」 園くんに名前を呼ばれてギクリと固まる。慌てて何でもない顔をつくってみたけど、不自然だったかな。 「これは、チキン南蛮っす」 「一口ちょ〜だい」 「はい」 丁度掴んでいたのは、まだ齧っていない鶏肉だったから、そのまま園くんの口元に運んだ。かぷり、園くんが齧りつく。園くんの口元で2つに別れた鶏肉を見て、日野に貰ってくれと言えば良かったかしらと考えた。まあ今更。 「食堂の初めて食べた。うまいね」 「でしょ」 「なんで奥田が自慢気なの」 「俺が頼んだんで」 そこまで言って、思い出した。これ頼んだの俺じゃなくて日野じゃん。 「俺じゃなくて日野でしたわ」 「え〜、日野やるじゃん」 「え、あ、っす」 きょどきょどの日野が可愛くて面白くてついにやけた顔を下に向けて隠していると、脚がぐいと引っ張られた。反射的に顔を上げると、正面で町田が困ったように笑っていた。何を言おうか考えた末、大した意味も込めずに首を小さく振ると、町田は一際目を細めた。 「じゃ、そろそろ俺行くわ」 この何とも言えない空気を壊してくれた園くんの一言に、うん、と頷く。 「てか、日野に用事とかじゃなかったんすか」 「ん〜ん。見かけたから、声掛けただけ〜。それじゃあね」 ひらひらと手を振る園くんに手を振り返す。見かけたから、とか。そゆこと出来ちゃうから園くんはズルい。食堂来て良かった、なんて俺は随分と単純だ。 園くんが人波に消えたのを見て手を振るのをやめる。日野のほうを向くと、依然ぽうと園くんの歩いていったほうを見ていた。可愛いじゃん。いいな園くん。なんて考えていたら、突然腕を掴まれた。驚いて箸が落ちそうになる。 「ばっか、なんだよ急に」 「俺、今日死ぬんかな」 「そんな嬉しかったの」 「先輩、まじかっこよかったむり近」 「部活のときなんてもっと近かったろ」 「ボール持ってない状態でこの距離だぞ無理だろ」 「ボールってそんな凄いの」 「あ〜もうほんと幸せ」 ぎゅうううと俺の腕に抱きついてくる日野に頬が綻ぶ。町田は、と視線を動かすと、目をこする大きな手の下で、大きく口を歪ませていた。町田はさ、日野がツボだよね。特にこういうとき。分かるよ、俺も好き。 ほんとはもっとずっと、何も気にせず笑ってたいけど、あいにく此処は食堂で、長居はあまり宜しくない。惜しく思いながらも、日野を腕から剥がそうと左手で頭をぽんぽんと叩いた。 「日野、飯食いたいから離れて」 「お前から離れたら、俺の、この、どうしたらいいの」 「いや何て」 「早く飯食って早く」 「急かすな急かすな手拍子すんな」 「ファイト、ファイト」 「町田も乗っかんな」 「日野のために早く食べたげて」 「一口一口」 「無茶言うな」 二人に急かされるまま口いっぱいに鶏肉とお米を頬張れば、二人して笑いやがるもんだから、眉を寄せて睨んどいた。 |