後に天女と呼ばれることになる彼女が空から降ってきたのは私が最高学年となった年の初夏の事だった。そんな彼女を皆はどこかの城の回し者ではないかと疑う。だが、私はそうとは思えなかった。学園長先生から彼女の世話をするように命じられた私は、己の膝に顔を埋める彼女へと歩み寄る。私と目を合わした彼女の瞳は本当に澄んでいた。人を殺めたこともなければ、そんな場面に出くわしたこともないのだろう。もしかしたら戦の被害にさえ遭った事もないのかもしれない。まるで幼子であるかのようなこの娘に、私は疑いの目を向けることなどできなかった。どうやら内気な性格であるらしいこの娘に、私は勝手な共感意識が芽生える。自分を彼女の立場に置き換えて、さぞかし不安なことだろう、と偽善に満ちた同情心を持った。私が世話係となったのも何かの縁に違いない。私はこの娘の疑いが晴れるまで、少しでも彼女の支えになれればと思う。この時の私は、これから起こる出来事に何一つ気付けなかった。





不安で仕方なかった私をこの暗闇から助け出してくれた。強くて綺麗で優しくて、今まで十何年間の人生を地味に平凡に暮らしてきた私にとって、その姿はとても神々しかった。まるで空に浮かぶ月のよう。こんな素敵な人が私を守ってくれる。大丈夫、と手を握ってくれる。私は一瞬で年下であるこの娘の虜になった。私も彼女に魅了された数多くの人間の内の一人なのだろう。沢山の人に愛されて、自分の才能を驕ったりなんて事は決してしない。こんな聖女のような人がこの世に存在するのか、と。私の表現が大袈裟すぎやしないかと言う人もいるかもしれない。確かに彼女は神でも女神でもない人間の女の子だ。だけど私には彼女がそれ以上に高貴な存在のように感じられた。私は運がいい。最初は憎くて憎くて仕方なかったこの絶望的な状況が、実は私にとっての最高の幸運であったのだ。この状況が彼女と私を巡り合わせてくれた。私はそう信じている。




私たちの大切な大切なお姫様。皆と彼女との日常が大好きだった。かけがえのないものだった。それがどこぞの怪しげな女に壊されたのが許せない。私たちの彼女を返せ、と。彼女はお前のものなんかじゃないんだと思い知らせてやりたかった。彼女があの女に微笑みかけるだけで虫酸が走る。私たちはこんなにもお前のことを想っているのに、と手を握りしめた。私たちの大切な大切なお姫様。私たちはこの狂おしい愛をどうしたらいいのでしょう。






( 蝉時雨 )

みんなみんな狂ってる