※三木ヱ門視点




我等が会計委員委員長。

もとい潮江先輩には名さんという恋仲の女性がいる。


名先輩は美しい。
もちろん容姿だけではなく内面もだ。


二人の交際が始まった時、悔しさのあまり手拭いを噛み締めた者は少なくないだろう。
かく言う僕もそのうちの一人なのだから。


だが、今の先輩方を見て自らの想いに終止符をおいた者は多いに違いない。

誰がどう見ても、お二人は本当に幸せそのものだった。




『文次郎!』


愛しき男に駆け寄る名先輩の表情は、僕が過去に見たどんなそれよりお美しい。

そんな先輩を見る潮江先輩の表情も、誰に向けるそれよりも柔らかく緩むのだ。


仲睦まじいことこの上ない。




「どうした?」

『…あのね、』


そう言って少し照れたように次の言葉を躊躇う名先輩。

まるで先輩の周りに花が咲き誇っているかのような愛らしさだ。


そこら中で立ち止まって、二人に視線を向ける先輩方や後輩たちだってそう思っているのだろう。

そんな僕たちの視線が向けられる中、名先輩は意を決したように口を開いた。




『…実は文次郎のために菓子を作ってみたの。』


それまで先輩に目を奪われていた僕はサッと顔を俯けた。



容姿端麗、成績優秀。

そんな名先輩にも、得意とは言えないものが一つあった。



「そ、そうか…。」


それは嬉しいな、という潮江先輩は無理に笑おうとしているのがバレバレだ。
その証拠に、その額には冷や汗を流し、上がっているのか下がっているのか判断がつかない口角はピクピクとひきつっている。



名先輩が得意でないもの。

そう、それは料理だ。


僕たち忍たまが、くのたまの悪戯にかかり毒入りの菓子を食べさせられる、なんてことは珍しくもない。

だが、先輩の作る料理は一味違う。




「…そ、それは何だ?」

『桜餅。』

違う。先輩、それは桜餅じゃありません。
桜餅はもっとこう…。
そう、その名の通り桜を思わせるような桃色が緑の葉に包まれているもので。

だから、そんな黒い物体は桜餅ではないんです。

僕は叫んだ。
…ただし、心の中でだ。




『ねぇ、食べてみて?』


当たり前のことだが、その笑顔は決して僕に向けられたものではない。

この瞬間ほど僕が安堵したことはなかった。




「…おう。」




…あぁ、潮江先輩。

やはり先輩は男の中の男です。







『…美味しい?』

「…。」


いつも僕たち後輩の頭を撫でてくれるその大きな手で、自らの顔を押さえる先輩の表情は僕には伺い知ることが出来ない。



先輩の背中がこんなに弱々しく見えたことは今までにあっただろうか。




「…う、まい。」


真っ青な潮江先輩の顔色に比べ、その瞬間の名先輩の笑顔は何とも言えない素晴らしいものだった。




『よかったぁ!沢山あるからどんどん食べてね。』

「…。」



先輩が首を縦に振ることぐらい僕は分かっています。





…潮江先輩。







( これが愛なんですね )