あぁ、この状況をピンチと呼ばずして何と呼ぼうか。


本日の私の任務はとある城への潜入。
内容については特に難しい訳でも大変な訳でもなかった。

なのに、天井を匍匐前進している際に天井が抜けて落下する、なんていう不運委員会もビックリなドジを踏んだ私は敵に捕まってしまったのだ。


だが、まだ希望はある。

私の任務完了を待つ先輩方が、この状況に気付いてきっと助けに来て下さるはずだ。

私はそう確信していた。



それなのに、だ。

目の前にいるのは学園一忍者している潮江先輩でもなければ、暴君七松先輩でもない。サラスト立花先輩でもなければ、ちょっと笑顔の怖い中在家先輩でもない。不運の善法寺先輩でもなければ、ロリコン食満先輩でもない。5年生の先輩方でもない。



「この私、平滝夜叉丸が来たからにはもう大丈夫!安心するといい!学年一優秀な私が…グダグダグダグダ。」



なんでよりによってこのナルシスト野郎なのか。




「…とにかくだ!この私が助けに来たからにはお前の安全は保障された!どうだ?光栄だろう?」

『あの、いいです。チェンジで。』

「何故だ!?」



あの、ほんともういいんで。とにかくチェンジして下さい。こいつと一緒だと助かるものも助からない気がする。



確かにこいつの実力は評価するが、ご存知の通り"性格に難あり"だ。

この城を抜け出す前に私がこいつ相手にぶちギレてしまいそうな気がする。



そうやって考えているうちに、私の言うことは無視することにしたらしい滝夜叉丸は、器用に鍵を解き、私を閉じ込めていた獄の扉を難なく開いた。

そして私の身体を抱え上げたのだ。



『なっ!?下ろせ!』



私の手足を縛る縄をさえといてくれれば、後は自分で何とでもなる。
私は身体をくねらせて必死に抵抗の意志を示した。




「ああああ、ジッとしろ!先程からお前の足が私の顔に当たっているんだ!」

『だから降ろせって言ってるでしょ!』



わざと顔に当たるようにやってるんだ。
くそ、綺麗な顔しやがって。
そんな嫉妬の念も含まれていることは私だけの秘密だ。





「もう少しで城の外にでる。それまでは大人しくしているんだな。」



そう言われて辺りを見渡してみれば、悔しいがこいつの言う通り。
本来なら任務を成功させた私が通るはずであったであろう出口へと確実に近付いているのだから。





その後、私を抱えた滝夜叉丸は無事に城の脱出に成功。
尚もこいつは私を抱えたまま走り続けた。




『もういいでしょ、滝夜叉丸。はやく降ろして。』



走るのを止めた滝夜叉丸に、てっきり私の言葉が聞き入れられたのだと思った。

だが、滝夜叉丸が私を下ろす気配は一切ない。






『…泣いてるの?』


肩をワナワナと震わせ、俯く滝夜叉丸の瞳に涙のようなものが見えた気がしたから。





「…そんなはずないだろう!」



だよね。そんなまさか滝夜叉丸が泣いてるだなんて。

そんな私の思いとは裏腹に、顔を上げた滝夜叉丸のそれは真っ赤に染まっていた。



「お前が捕まったと聞いて私がどれほど心配したか!」


私を抱き締めて、無事でよかった、と呟く滝夜叉丸に私は動揺した。おそらく先ほどの滝夜叉丸にひけをとらないほど私の顔は真っ赤だろう。




『…えっと、滝夜叉丸?』

「…なんだ。」

『その…。』



心配してくれてありがとう。
助けにきてくれてありがとう。

だが、私がこいつに向かってそんな素直なセリフを言えるはずもなかった。





ありがとう。


やっとの思いでそう耳元で小さく呟いた私の言葉は、こいつに届いただろうか。




( 私を抱き締める力が強まった )