『…中在家君、こんにちは。』 俺の目の前にいるのはくのたま、三条菖蒲。 三条と出会ったのは、まだ入学して間もない頃、この図書室でのことだった。 俺は本が好だ。 三条も本が好きなんだと言った。 それからは互いにオススメな本を紹介しあったり、と俺と三条は図書室でよく会話するようになった。 図書委員である俺に、返却したい、と三条が差し出した本も俺が紹介したものだ。 『…すごく良かった。』 最後のシーンで思わず泣いてしまったよ。 と、その後もつらつらと感想を述べる三条に、俺は本当にいい同士ができたと思う。 「・・・・。」 こうやって特に気の利いたことも言えない俺の言葉に、いつも三条は小さく笑って頷いてくれる。 ボソボソと話す俺の声は聞き取って貰えないことが多い。 だが、三条が俺の言葉を聞き逃したことは一度もなかった。 ここが図書室という静かな空間だからかもしれない。 それでも俺にとって嬉しいことに違いないのだ。 『…今度は私が中在家君に本を紹介する番だね。』 少し待ってて、と本を取り行く三条が、そんな俺の想いを知っているかどうかなんて俺には分からない。 本を探す彼女を尻目に、俺は図書の貸出・返却を記した紙へと視線を落とした。 返却者の最後尾に記してあるのは、今しがた俺自身が書き込んだ名前。 三条菖蒲 俺は思わずその名前を凝視していた。 そして、それをそっと指でなぞってみせる。 『…中在家君。』 その声に俺は我にかえった。 顔を上げた俺の視界に入ったのは一冊の本を抱えた三条。 よかったら感想聞かせてね、と俺に本を手渡す三条に、俺はいつもの無表情で返事をした。 中在家君。 何とも他人行儀な呼び方なんだろうと思った。 「・・・・。」 『…え?』 三条は突発的な俺の言葉にキョトンとした顔をする。 この俺が言える立場ではないが、普段無表情を貫き通している三条の表情の変化はかなり貴重だ。 「…長次で、いい。」 もう一度、俺がそう言うと三条はどこか照れたような表情を浮かべ、大きく頷いてみせた。 『…私のことも菖蒲でいいよ。』 長次。 そう呟いた三条、もとい菖蒲の声が酷く愛しい。 これで俺と菖蒲の距離は少しでも近づいただろうか。 ( 君への一歩 ) ‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 菖蒲さんは今のところ長次に一番なついています。 無表情な中に見え隠れする優しさに安心感のようなものを覚えるんですね。 菖蒲←長次(無自覚)状態です。 |