小説 | ナノ


 3



「黒子『くん』、一体何をするつもりなんですか?」

 開演五分前の、舞台袖。
 すでに衣装に着替えていた黄瀬は、隣に立つ黒子に尋ねた。
「・・・・・・別に。なにもしません、ぼくは」
「はい?」
「ただ、お願いしたいことならあります」
 黒子は衣装を着ていない。
 真っ黒なTシャツに細いパンツ姿の、名の通り『黒子』のような出で立ちをしていた。

「黄瀬くん、練習での動きを絶対に変えないでください。お願いします」
「え?」

 開演のブザーが鳴り響く。
 劇が、始まった。


▲▽▲▽


 幕が上がって、客がざわめく。
 当然だろう。舞台上には何もない。大道具――――裏方の部員が用意したものは、根こそぎ壊されてしまったのだから。
 嫌な空気が漂う。
 そんな中、スッと舞台袖から姿を現したのは、

 言うまでもない、『幻の六人目』だった。


 張り詰めた雰囲気の中、黒子はまるで「ちょっと呼ばれて」出てきたかのように悠々と舞台を横切る。
 そして、

 『どさり』とソファに、腰を下ろした。

「あ・・・・・・?」
 思わず、舞台袖で黄瀬は声を上げる。
 黒子はたしかに、ソファに座った。だが当然、そこにはソファなんて存在しない。
 何もない空間に、彼は躊躇いなく腰掛けたのだ。

「『あーあ、全くくだんねぇよな』」
 気怠げな台詞と共に、青峰が登場した。
 舞台が進み始めた。
 彼は黒子の隣、『創り出された』ソファに座る。

 黒子が立ち上がった。
 次に向かったのは、舞台の左端である。そこは食器棚のあった場所だ。
 ――――まさか。
 黒子はおもむろに、空間へと手を伸ばす。

 『ガチャリ』。
 棚を開けた。
 見えない棚に手を突っ込み、中から皿を何枚か取り出した。もちろん、皿なんか存在しない。黒子が向き合っているものは、相変わらず空気でしかない。
 だが、たしかに見える。
 食器も、ソファも、たしかに彼によって『創り出されて』いるのだ。

「パントマイムだよ、何もない空間に者を創り出す技術」
「あ、・・・・・・赤司っち」
 ばらばらと舞台に出ていく役者を見送りながら、赤司が口を開いた。
 まだ出番まで時間のある黄瀬に、綺麗な含み笑いを見せる。
「もちろん、他の『キセキの世代』もある程度は使える。演劇の基本である技術だ。でも黒子はずば抜けてパントマイムの才能がある。名門、帝光中の演劇部でも秀でてな」
「どうして、ですか?」
「たぶん、影の薄さを逆に利用しているんだと思う。パントマイムは空間を見せて形を作り出す。でも、普通なら観客はまず役者に目を向けてしまうんだ。役者を見てから、パントマイムを理解する」
 だけど、黒子は。

「自分を認識させるという段階をすっ飛ばして、パントマイムで物体を幻視させることができる。それが『幻の六人目』の能力だ」
「じゃあ、役をもらってないっていうのは――――」
「あぁ。黒子テツヤは、敵の多い帝光中演劇部の隠し駒にして切り札。そう乱用するわけにもいかないだろう?」


『帝光中の演劇部には、奇妙な噂があるんだよ』
 ふと思い出す、あの会話。

『演劇部に『キセキの世代』って呼ばれる、格別にうまい五人組がいることは知ってるだろ。――――六人目が、いるんだよ』

『主役級のキャストを演じたこともない、台詞をもらったこともない、ましてや公演のパンフレットに名前が載ったこともない』

『それでも、他の天才達が重宝している伝家の宝刀』


「・・・・・・あはっ」
 気付いたら、黄瀬は笑っていた。
 肩を震わせて、心の底からおかしそうに、
「なんつーか・・・・・・サイコーっすね、ここ」
「それは素直にありがとう」
 赤司も、わずかに目を細める。


 その後、黄瀬涼太が新たに『キセキの世代』と呼ばれるようになり、そして難攻不落の帝光中演劇部を揺るがす事件が起こることになるのだが、それはまた別の話。




以下、後書きです。
 初めて黒子のバスケで企画参加させていただきました。ものすごく楽しかったです。
 ですが、勝手に俳優→演劇部と脳内変換させてしまってすみません。も、ものすごく楽しかったです・・・・・・。
 なんとなく、黒子のバスケのメンバーだったら背が高かったり手足が長かったりで舞台映えしそうだな、と思います。紫原くんなんか、とくに。

 参加できて嬉しかったです。ありがとうございました。



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