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「いや、だからさ、噂があるんだって」
「噂?」
「そう。帝光中の演劇部には、奇妙な噂があるんだよ」
クラスメイトの話を、黄瀬涼太は当惑しながら訊いていた。
「いや、噂って・・・・・・なに、七不思議みたいな?」
「実は帝光中演劇部の衣装用マネキンは生きていて、部員とおしゃべりをしているのです! 馬鹿言え、違うよ」
「ツッコミさんきゅ」
「だから茶化すなって。自分でも変なこと言ってるの分かってるんだけどさ」
分かってるんじゃないか。
呆れる黄瀬に、クラスメイトは声を潜めて、
「演劇部に『キセキの世代』って呼ばれる、格別にうまい五人組がいることは知ってるだろ」
「うん、それは訊いたことある」
「六人目がいるんだよ」
「・・・・・・は?」
思わず、聞き返してしまった。
「だからさ。主役級のキャストを演じたこともない、台詞をもらったこともない、ましてや公演のパンフレットに名前が載ったこともない。それでも、他の天才達が重宝している伝家の宝刀。――――『幻の六人目』がいる、って話」
「それはどこの漫画の話」
「疑ってるな。まぁいいさ、本当はお前に内部偵察でもと思ったんだけどな」
ニヤニヤと笑って、クラスメイトは言った。
「今日からなんだろ? 部活。演劇部に入るって言い出したときはびっくりしたけど」
「心機一転。千差万別の世界を見て見たかっただけだよ」
「そう。まぁ、頑張れや。『幻の六人目』がいたら、教えてくれ」
やっぱり、面白がってる。
嘆息して、黄瀬は教室を後にした。
▲▽▲▽
「初めまして。今日からお世話になります、黄瀬涼太です」
「別に同級生なのに『お世話になります』も何もないと思うけどな」
目の前の一見大人しそうな人は、そう苦笑した。
「演出兼脚本を担当させてもらっている、赤司征十郎だ。よろしく」
「よろしくっす」
同年代と謙遜してくれたので、さっそく口調を崩してみる。
帝光中演劇部の部室には、今赤司と黄瀬の二人しかいない。
他のメンバーは、どうやらもう体育館で練習をしているようだった。
「といっても、演出の俺がいないうちは発声や台詞出しといった自主練だけど・・・・・・」
「あ、今度の公演のですか?」
「そう。来月に予定されている定期公演」
学校内のポスターを見たことがある。
毎年毎年、市民会館を借りて盛大に行われているものだ。
「ちなみに、あるから」
「はい?」
「役」
「・・・・・・え」
絶句した。
いくら即効で役者陣入りしたとはいえ、ぽっと出の部員に公演の役をやらせるものだろうか。
「あぁ、勘違いするなよ。別に主役ってわけじゃないから」
「え、え、え、役もらえるんですか?」
「いらないとでも?」
低く沈み込む声音。
突然、赤司が不機嫌になった。
その針のような視線に射すくめられて、黄瀬は慌てて首を振る。
「いやいやいや! こっ、光栄・・・・・・す」
「だよね。そうだと思ったよ」
ニコリと微笑む、演出家。
なんとなく背筋がぞくっとした。この人、暴君だ。
体育館に向かうと、そこでは役者たちが自主練習に励んでいた。
「お、赤司ー。新しく入ってきた黄瀬ってそいつー?」
「青峰、人を指さすのはやめるのだよ」
「赤ちんやっときたー。もう練習飽きちゃったー」
「自主練で飽きないでください、紫原くん」
・・・・・・うわっ。
思わず、圧倒される。
ワイワイと賑やかに新入部員に群がってきた彼らこそが、噂の天才達。
『キセキの世代』だったのだから。
「・・・・・・ん?」
いち、に、さん・・・・・・さん?
声はたしかに四人分届いた。だが、目の前には三人の背の高い男子部員たちしかいない。
『実は帝光中演劇部の衣装用マネキンは生きていて、部員とおしゃべりをしているのです!』
「あ、そうだ。黄瀬。お前に教育係がつくよ」
「いや、まさか・・・・・・そんな、あれは、ただの・・・・・・冗談で・・・・・・」
「は?」
赤司が訝しむ。
と、青峰と呼ばれた少年が黄瀬よりも早く「教育係」というワードに反応した。
「お、テツ。呼ばれてるぞ、頑張れよー」
「呼ばれてません。日本語が違います」
青峰が、空間をがしっと『掴む』。
いや、違う。
そこには『彼』が立っていた。
「あと、柄じゃないです。言わないでください」
「まぁー、そう言うなって!」
「なっ――――」
驚いた。
単刀直入に、驚いた。
目の前にいつの間にか、一人の人間がたたずんでいたのである。
「い、いつからいたんすか!」
「最初からいました」
慌てる黄瀬に、彼は冷静に答える。
「こいつは黒子テツヤ。今日からお前の教育係な」
「え・・・・・・」
「よろしく、お願いします」
ふらり、と影が揺らめくように頭を下げられる。
自分もつられて会釈をしながら、
「え、え、彼も役者・・・・・・?」
「じゃ、ないよ」
「は?」
きっぱりと言い放たれる。
唖然とする黄瀬に、赤司は淡々と告げた。
「黒子は台詞を言わない。役も与えられてない。でも、舞台には出る」
「・・・・・・・・・」
なんか。
うん、なんとなく、この場にいないクラスメイトに謝りたくなった。
疑ってごめんな、同級生。
いたよ、『幻の六人目』。