彼女が元々乗っていたのは原付だった。

「何で中免とったのかって?そんなの、準太乗っけて帰るためだよ」

それだけ?と聞くと、それだけ、なのだそうだ。正直浮かれた。
深い意味合いはないにしろ、彼女にとって俺がわずかなりとも特別な存在であるのだろうとは確信していた。そこから進展することなんてありえないだろうとは諦めながら、だけどそれだけでなにか馬鹿な満足感を得たりもした。例えば部活にたまに彼女が顔を出したときも、他の誰かと話していても俺が近くにいると気付けばすぐにこちらへ駆け寄ってくる。メルアドを彼女に聞かれたのは俺の学年では俺が初めてだった。初めて彼女のバイクに乗せてもらったのも、俺だった。それだけだった。だから余計に辛かった。他の部員より確かに俺が一番彼女に近しかった。にも関わらずそれ以上の関係に進展する見込みがかけらも見えずに、俺はいつも傷付くことから背を向けていた。だけど。
例えば言えばよかったのだろうか。彼女に一言、好きですと。

現在。信じ難い光景に呆然とする。
ただ彼女に借りていたCDを返すだけのつもりだった。部活帰り、そのまま自転車で彼女の家へと。ゆっくりとブレーキをかけ、彼女の部屋を見上げると、見覚えのある金髪頭がそこにあった。利央。何で?ドアを開けた彼女は愛おしそうに利央を迎えた。……愛おしそうに?ありえない表現だと内心苦笑しながら、だけど目の前の光景に俺は目を剥かれた。

(……あ、)

キス、した。心臓が騒ぎ立てる。そのまま利央が大切そうに彼女を抱き締めると、二人はなだれこむようにして部屋へ入った。パタン。ドアが、閉まる。思考が停止する。自転車を掴むてのひらが乾く。
しばらくの間は動くことも出来ずに俺はただ立ちすくした。数十秒、いや数分後、やっとのことで俺は自転車へ跨りその場を駆け出す。激しいスピードに乗ってチェーンが鋭い音を奏でた。切る風は冷たく、痛かった。

──何で?
彼氏は?いたんじゃなかったのか?二股?いや、違う、彼女はそんな器用な人間じゃない。それなら彼氏とは別れて利央と?何で?
一昨日だって彼女は変わらず俺を家まで送り届けた。じゃあまたね、と変わらない笑顔。男と別れたこともそれ以外のことも何も聞かされてなんかいない。なのに何で?……いや、何が、何で?

混乱する。一体何を疑問に思うことがあるのだろう。
利央が彼女を好きだったのは知っていた。彼女は利央をかわいがってた。だったら別におかしなことはないはずだ。利央が彼女に告白した。彼女がそれを受け入れた。それだけで十分辻褄は合う。不自然なことなんて何もない。なのに俺は、一体何を。

『大好きよ、準太』

(本当にありえなかったのか?)

望みなんてないと思ってた。利央の彼女に対する気持ちも、報われない単なる憧れに終わって、どうせあいつも俺と同じようにそのうち泣かされることになるのだろうと。哀れんでさえいた。報われない、ありえない、手は届かない、すべては無駄、彼女には何も、通じやしない。ありえないと、思っていた。今日みたいな状況なんて。
先刻の自分の印象を反芻してみる。彼女は愛おしそうに利央を迎えた。イトオシソウニ。そこにあったのは夢にまで見た彼女の柔らかな笑顔。全てはありえたことだった。

(……いったい何が間違っていた?)
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