一等星に泣く


夜中の二時過ぎ。携帯の着信にベッドが震えた。接着剤で貼り付けられたみたく重い瞼を必死に持ち上げようと眉をしかめながらに、手探りで携帯の居場所を求める。漸く指先に確認できた振動を握り締めて、相手も確かめずに通話ボタンを押してしまったから驚いた。

「……もしもし」
「だれー?」
「…………」

さて問題です。たった今相手の正体を問う発言をしたのは?もちろん電話を受けた俺。ではなく。その阿呆極まりない発言にももちろん驚きはしたが、それ以上に驚いたのはその声の主。甘ったるくてだけど後を引かないその不思議な心地良さは聞き覚えがある。

「えっ綾さ……!?」
「え、だれー?てか寝てた?声やばいね」
「利央です……つーか誰って」
「ああ利央かぁ。いや退屈だったからさ、電話帳ルーレットして遊んでたんだけどなかなか出てくれる人いなくて」
「そらそうでしょ」

つーか何時だと思ってんすか。迷惑にも程があるでしょ。
いまだ眠気眼でそう言えば、ふふふ変な声と笑われた。言葉を失ってしまったのは彼女の発言に呆れたからであって、迂闊にもその笑い声に胸元を撫でられたからでは決してないと、おもう。(……本当に?)
「いま暇?」と彼女が平然と尋ねるのに思わずため息が漏れてしまった。

「や、だから寝てたんすけど」
「あっそー。じゃあいいやバイバイ」
「え、ちょっと!」
「ん?」
「……暇だって言ったらどうしたんすか」
「べつにー。利央に会いたいなぁって、思っただけ」

間延びする甘くて心地のいい声が耳を擽る。俺を求める。
例えば。彼女の指に選び抜かれた番号が俺のものではなく和さんや慎吾さんやもしくは準さんだったとして、彼女からの電話に出たとして、するとやはり彼女は同じことを言うのだろうか。だなんて。

「……会うってどこで」

そんな無意味なことは考えるに値しない。いま彼女と話しているのは俺で彼女が求めているのは俺。それがほんの気まぐれでも。それでじゅうぶん。

「うーん利央ん家はさすがにまずいしあたしん家?来てくれるの?」
「でも俺綾さん家知らないよ」
「えーそだっけ?じゃあ迎えに行くよ、どうする?」
「…………行く」

やったと喜ぶ彼女の声が心地良かった。携帯を耳にあてたままぼうっと天井を眺めていると、じゃあ五分で着くからねと言われて慌てて飛び起きる。
いつも唐突で気まぐれな彼女に、たぶん気まぐれに番号を交換しようと言われたのは確か先月のことだった。今度遊ぼうねーと本気かどうかさえも分からない戯言を笑顔で告げられ、なんの音沙汰もないまま、以来初めての彼女からの連絡。数度メールを送ってみたことはあったけれど、取り留めのない話をしているうちにいつも途中で彼女からの返事が途絶えてしまう。俺嫌われてんのかなあとか、何か気に障ること言ったかなあと、そのたびへこんでいたけれど、準さんいわく「あの人はいつもそう」らしい。映画観に行こうと自分で誘っておきながら平気で二時間寝坊したり、自分がおごると言って一緒にご飯を食べにいってみれば財布を忘れたと笑ったり。和さんに至っては「部屋にゴキブリがいる」という理由でよりによって試験の前日に彼女の部屋に一晩中拘束されていたらしい。
そんな体験談を聞かされながら、彼女の性質に呆れるよりもまずかれらに嫉妬を抱いていた自分に気付いたのはつい最近のことだけど。
 
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