青少年の馬鹿な妄想だと笑いたきゃ笑えばいい。だけど夢見てしまうのが男ってもんだろ、仕方がない、それほどまでに好きだった。
まずは部員の中で一番になる。いつかは準さんよりも彼女と親しい仲になって、彼女が暇を持て余したときには一番に俺を思い浮かべるようになればと。それがただの友達、かわいい後輩としてだっていい、だけど勝負はそこからだ。二人で会うのが頻繁になって、そのうち休日ですら時間を共にするようになる。そんな中でごくたまに、俺は男をアピールする。少なくとも俺が綾さんを女性として意識していることをたまのはずみに強調する。少しずつ少しずつ、彼女は俺を意識し始める。告白するのは俺からでいい、彼女はそれに顔を赤らめる。キスをするのは恋人同士という関係が確立してから。映画館で手も握りたい。平凡でありきたりで幸せな、そんな理想のカップル像。

(いろいろぶっ飛ばしすぎだろ、俺……)

まだ部員の中で一番になるという第一段階にすら達していない。
帰ってきた自分の部屋でベッドに顔を埋めながら、雀の高い声を聞いていた。ちゅんちゅん、ちゅちゅん。あーあ結局、あれから一睡もできなかった。



「あ、りおー君だ!」

二度目に彼女に会ったのは帰り道に偶然寄ったコンビニだった。かごの中に大量のチュッパチャップスを抱えて俺のほうへ駆け寄ってくる。ただのこんな偶然に尋常でない感動を覚えていると、「準太ー!りおー君が!りおー君がいるー」だなんて彼女が言うので、準さんがすぐそばの雑誌のコーナーにいたのにやっと気付いた。ああそういえば校門を出るときバイクの後ろに跨った準さんの後姿を見たかもなあとぼんやり思う。まるで動物園のパンダを見る子どものように「りおー君だ、りおー君だ」と指差す彼女には苦笑した。「んな珍しそうにしなくたって部活見にくればいつでもいるでしょ」と彼女の横に並ぶ準さんには劣等感。

「りーおー、待って、携帯教えてー」

準さんの買ったものと彼女が買ったものをまとめて同じ袋に入れながら、二人同じバイクに跨る様を見るのが何だか無性に悔しくて、それじゃあ俺は、と一言告げて自転車に跨った瞬間だった。突然俺を呼び捨てた彼女が言う。え、と自転車を止めて振り返ると、バイクから飛び降りた彼女が駆け寄ってきた。

「赤外線ある?」
「えっ、あっ、はい!」

慌てて携帯を取り出すと、「じゃあ送るよー」と彼女は赤外線センサーをこちらへ向けた。突然の展開に浮かれすぎて心臓が弾んだ。現実味がなくて脳がのぼせた。じゃあ俺のも、とこちらが送ったプロフィールを見て彼女は微笑む。

「利央って、こういう字書くんだ」
「あ、はい」
「素敵だね」

たかが自分の名前をこれほど誇らしく思ったのも初めてだった。「呼び止めてごめんね、ありがとー」と笑った彼女は俺の頭をふんわり撫でた。「今度遊ぼうね」とおそらくその場限りに過ぎなかった彼女の台詞を俺はおとも容易く真に受けた。すでに心臓は激しい高鳴りを覚えていた。バイクにもたれて俺を見ていた準さんは、何か呆れたようにため息を吐く。エンジン音と共にやがて遠くに消えていく二人の後ろ姿を俺はただ浮かれきった心地で見送った。俺の頭を撫ぜる彼女の手の感触が忘れられなかった。俺の名を呼ぶ彼女の声がしばらく耳を離れなかった。



はっと目を覚ますとかわりばえのない教室で教師は小難しい数式を無感情に読み上げていた。ぼーっとしていると背中に微かな遺物の感触。振り向くと同じクラスの野球部マネが丸めた消しカスを今にもこちらに投げようとしていた。せっかくの安眠をあのやろう。厚意のつもりだろうが正直迷惑。授業なんてどうでもいいほど睡魔が激しい。体は重い。だけど目を閉じるとまた彼女の夢を見そうで怖くもあった。その点に限れば今のタイミングで起こしてくれたことに感謝する。幸せだったのはそれまでだ。あれ以降はもう、綾さんに会っても落ち込むことばかりしかなかった。ねむたいねむりたい、だけどねむりたくない。

「だるそうだね、どうかしたの?」

授業が終わるとそう声をかけてきた彼女。んー、と気の抜けた声で返す。「今日部活大丈夫なの?」んー、とまた同じ声で返す。

「仲沢くん、ほとんどノートとってなかったでしょ。今日のとこ大事だから来週小テストするって言ってたよ」
「えっ」
「これ、貸してあげる。コピーしときなよ」

そう言って差し出されたノートがすばらしく輝いて見えた。迷惑だとか言ってごめんなさい、神様仏様女マネ様。サンキュ、と告げると同時にポケットの中の携帯が震えた。一応机の影に隠しながら届いたメールを開いてみる。綾さんだった。

『今日会える?』

──ドクン。
たった一言。一体何と返すべきか。会えると返したところで彼女は俺に会ってどうする気だろう。何のために俺をこうして呼ぶのだろう。昨晩のことを謝るため?それとも彼氏を失った寂しさを紛らわすため?いや、それとも逆に、全部なかったことにしろと言われるかもしれない。どうしたって事態は悪化してしまいそうで怖い。だからと言って会えないだなんて言う勇気が俺にあるのか?──いや、無理だろ。彼女を哀しませた罪悪感なんて死んでも味わいたくなんかない。

『部活の後で良かったら』

震える指でどうにかそれだけ返したら、数分の後に『じゃあ待ってる』と返事が来た。その後の授業もまるで集中できなかった。気が付けば昨晩の彼女のあられもない姿だとか初めて見た涙だとかが瞼に浮かんで、とにかく気が狂いそうだった。どうにか自分を諌めて初めて出会ったときの彼女の笑顔や自分の胸の高鳴りばかりを思い返してもみたけれど、余計に胸は苦しくなるだけだった。刻一刻と時間は過ぎた。嫌な緊張ばかりが走った。
 
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