暗闇の中を意識だけがぼんやりと浮遊する。いつもなら脳みそは完全にお休み中の時間なだけに、うまい具合に思考を回すこともしばらく出来ずに。

(いいにおい……ああ、そっか。ここ綾さんのへやだ)

確か真夜中にいきなり電話がかかってきて。いきなり会いたいだなんて言われて。何の順序も踏まずにそのままいきなり部屋に招待されて、そんでいきなりキスされて。……いや、違った。キスは俺がしたいって言ったんだった。

ぼーっと正面を眺めながら、薄く開いたクローゼットの中から綺麗に整頓されたいかにも女性らしい衣服の数々が覗いているのを視界に捉える。ああそう、いかにも彼女らしい、ふく。そのまま床へ視線を下げる。ああここにも、ふく、と。……下着?

やっとのことで我に返ってすぐさま自分の隣を見下ろす。開いた口がふさがらない。何を、何を、

(何をやってんだ、俺は……!)

ただならない自己嫌悪が襲ってきて頭を抱えた。隣でねむる彼女の肩はひどく細くて、ひどく白い。確かに俺が抱き締めたかったそれ。確かに俺がずうっと、ほしくてほしくてたまらなかったもの。
思い返すとみるみる顔が熱くなる。これは現実だ。いつもの俺の妄想なんかじゃあない。つかみとった現実。でもこれは本当に俺が望んでたもの?



「好きだよう、利央」

案の定そう答えた彼女に俺は何も返せなかった。うずくまったままの俺の頭をくしゃりと撫でて、しばらくの後その気配は遠ざかる。眠れなくなっちゃいけないから紅茶にするねー。部屋の中から彼女の声。そっと顔を上げて初めて訪れた彼女の部屋を改めて眺めた。思ったとおりというか、なんというか。年頃の女性の部屋ってかんじ。──いいにおい。

「そんなとこいないで入っておいで。せっかくだからお茶だけでも飲んでいきなよ、すぐ帰ったっていいから」

ね。こちらを見た彼女が言った。
好きだよ、綾さん。どうしようもなく。本当は電話くれたの嬉しかったよ、眠気なんてとっくにどっかに消え失せちゃったよ。
だけどやっぱりお茶を飲んだら眠いと言ってすぐに帰ろう。それだけ固く決意して、ようやく靴を脱いで部屋に上がる。なんだか手持ち無沙汰でお茶を沸かす彼女の隣にじっと立っていると、彼女はかわいいと言って小さく笑った。綾さんのほうが百倍かわいいよ。って、なに俺、サムい。自分の思考に自分で赤面していると、いつのまにかテーブルに移動していた綾さんに声をかけられて言われるがままそこへ座った。ふわふわの絨毯が気持ちいい。これからくる夏にはすこし暑苦しい気もするけれど。
時計を見るともう3時を回っていた。早く飲んで早く帰ろう。そんで少しだけ寝ていつもどおり学校行って朝練、授業、部活して帰って今日は早く寝る。それ以外のことはもう考えない。
予想外に美味しい紅茶に喉が落ち着く。何故か正面でなく隣に座った彼女にちらりと視線を送ると、その目はじっとこちらを見ていた。

「目、赤い」
「え、あ、眠い、から」
「そう。でもやっぱり綺麗だね」
「え?」
「利央の目、あたし好きよ」

あ、
彼女の手がまた俺の頭を柔らかく撫でる。本当は眠いからじゃなくて、たぶんさっき涙を堪えていたせいなんだけど。何でかなあ。俺、傷つきたいわけじゃないはずなんだけど。性懲りもなくキスがしたいだなんて思うんだ、抱き締めたいだなんて思うんだ。
少しだけ、と自分に言い訳をして軽く彼女にキスをした。だけどまたすぐに後悔する。彼女にとってこの行為の意味は何なのだろう。すこし呆気にとられたような顔をした彼女がじっとこちらを見つめる。カップの中の紅茶はなかなか無くなってくれないでいる。

「利央」

彼女にとってキスが少なくともただの挨拶なんかじゃないってことは、この瞬間に分かった。俺を呼んで首に巻きつくと彼女は俺の唇を舐めとって、完全に挨拶じゃ済まされない系統のキスをする。一応抵抗しようと試みるも、再度甘えるような彼女の声が利央、と呼んだだけで俺は崩れた。彼女の手が俺のまたぐらを不意に弄った瞬間には完全に理性は飛んでいた。
 
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