小学一年生、友達が履いていたキャラクターものの靴を見て何気なく「ダサいね」と言ってしまったことから始まった。あたしとしては単に新しく覚えた言葉を早く使ってみたかっただけのはずだったが、どういうわけかその言葉の影響力は強大で、一週間後にはもう誰もキャラクターものの靴を履かなくなっていた。ダサいことは恥ずかしいことであるのだと初めて知った瞬間だった。
中学一年生、色恋沙汰に急激に目覚めていく周囲の人間よりいち早く、先輩連中からそれなりにモテていたあたしは彼氏を作る。間もなくキスの味を知る。セックスを体験したのは中二のカラオケボックスの中だった。
中学三年生、自分で言うのも何だがその頃のあたしはクラス内では確実にファッションリーダー的存在で、あたしが「かわいい」と言うものは何でも流行った。この頃には化粧もそこらの下手な大人よりはずいぶん上手くなっていた。かっこつけたがりで見栄っ張りなあたしはわざわざ都心の高校に進学を決める。何か目標があったわけではない。ただ少しでもかっこよくありたいだけだった。
高校一年生、まだ初めはそれなりに学校生活を楽しむ。新しく始めたバイト先で人生四度目の彼氏も出来た。不真面目イコールかっこいい若者だと思いこんでいたあたしは勉強に勤しむクラスメイトを嘲るようになる。そのうち何もかもつまらなくなって、学校へ行くふりをしては彼氏と街を遊び歩いた。気付けば出席日数がとんでもないことになっていた。ついに学校から自宅へ電話がかかり、親にサボっていた事実がバレる。親が号泣ながらに「行く気がないならもうやめなさい!」だなんて言うから、あたしは特に何の惜しげもなく簡単に高校をやめてしまった。親のその台詞が天邪鬼であったと気付くのはその数ヵ月後。
そして現在。バイトを始めては辞めてそしてたまに遊んで、だらだらと過ごすだけの日々。

以上、あたしのくだらなすぎてつまらなすぎた17年間。



「ありがとうございましたー」

あくまで機械的に声を発する。コンビニのバイトもすでに二度目の試みであり、今まで経験したバイトの数も10を突破。決してクビになってしまうわけではなく、どれもこれもすぐに飽きてしまってあたし自ら辞めてしまうからである。というか。例えばこうしてレジを打って接客をして品出しをしているうちに思うわけだ。
「あれ?あたし何でこんなことしてるんだっけ?」
高校に行って授業を受けていた頃も同じだった。
「何であたし勉強してんだっけ?ていうか何でこいつらこんな真剣に勉強してんの?バカじゃないの気持ち悪い、つーかダッセー、付き合ってらんねー」
かと言ってあの頃のあたしは果たしてかっこよかっただろうかと冷静に思い返してみるとそれも随分違う気がする。むしろ一番かっこわるかった。一番バカでつまらなかった。

「おつかれさまでしたー」

今日もまた長い一日が終わった。あーあとため息を吐いて制服を脱ぐ。鏡を見ると気合いのかけらもなくなった自分の顔が映っていた。情けないがこれならばまだ中学生の頃のほうがずっと綺麗だ。
鞄の中でピカピカと携帯がメールの受信を伝えている。取り出して確認するとそれは知らないアドレスだった。メールを開いて内容を確認。首を傾げる。

『アド変!登録よろしく〜 浜田』

……浜田?はまだ……ハマダハマダハマダハマダハマダ──

(……あ)

野球部の。
携帯を手にしたまま記憶を手繰って考え込む。浜田。中三のとき同じクラスで野球部で、友達多くてそれから。……それから、何だっけ?
修学旅行のときも確か同じ班だった。それなりに仲良くしてた気はする。だけど卒業してからそれっきり。正直もう顔もまともに思い出せない。だけど。

(……まだ、あたしなんかのアドレス持っててくれたんだ)

いつもならアド変のメールが来たって登録し直して終了だけど、意味もなく返信してみた。『了解』とたった一言だったけれど。携帯を閉じて着替えの続きを再開すると、携帯の振動音にビクついた。開いてみると受信、浜田。いくら何でも早すぎる。

『藤崎ー!久しぶり!元気?今何してる?』

まさか返事が返ってくると思わなかった。携帯画面を見ながらしばらく沈黙。どうしてか不思議と胸が弾んでいる。返事を打つ指がすこし震える。

『今、バイト終わって着替えてるとこ。浜田は?』

パタン。閉じる。ブラ一枚のままだった上半身にようやく服を被せながらふと思った。『今何してる?』ってもしかして、そういう意味じゃなかったかも。だけど高校中退して今フリーターです、だなんて久々のメールで言うのも何だか気が引ける。ぼんやりとしているとまた携帯が震えた。本当に返信はやすぎる。

『俺もさっきバイト終わったとこ〜。何のバイトしてんの?』

このままじゃいつまでたっても着替え終わらない気がしてきてひとまず全部服を着終わってから返事を打った。たかがメールにこんなに真剣になっているのは久々だった。

『コンビニだよ。中学の近くの、昔みんながよくタムロってた……分かる?』

何で場所まで教えてるんだろう。べつに来てほしいわけでもないはずなのに。脱いだ制服をロッカーの中のハンガーに掛けているとまた携帯が鳴った。さっきからこっちの送信後から全部一分以内に返事が来ている。

『マジで!?今俺そのコンビニにいるんだけど』

──え、嘘。
素早くバッグを持つと荒々しくロッカーの戸を閉めて更衣室を駆け出した。つま先だけで履いたパンプスが二、三度脱げたり、躓いてこけそうになったりしながら表側のエントランスへ急ぐ。息をきらしながら中へ入ると派手な金髪頭が視界に入った。すぐにあたしに気付いた浜田は笑った。

「藤崎!はは、マジかよー、すげえ久しぶり!」

薄れかけていた記憶が瞬時に舞い戻る。変わっていない。この男は昔からこんなふうに笑っていた。
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