隣でのん気にも気持ち良さそうに眠る彼女の寝息ひとつにさえドキドキする。馬鹿だ、俺、本当に。
とんでもない後悔が押し寄せる。手に残る彼女の柔らかい感触。泣きそうだ。どうしよう。俺、最低だ。

こんなの望んでいなかった。いや、違う、彼女をいつかはこの手に抱きたいとは確かにおもってた。ガキながらに下手な妄想までたくさんした。でも違うだろ。何だよ俺、彼女に気持ちがなくったって、やれればそれでよかったわけ?違うだろ、違う、俺は、もっと、

ブブブブブ
テーブルの上で振動した携帯に体がびくつく。今度は俺のではなく、彼女の。ディスプレイに表示された文字は男の名前だった。うーんと眠そうに起き上がった彼女が手を伸ばして携帯を取る。その男の名前を見た彼女の顔が複雑に歪んで見えた。後悔は更に色濃くなる。だけどやけに冷静に「ああやっぱり彼氏いたんだ」だなんて分析している自分もいて驚いた。やっぱり馬鹿だ、俺。つまりかわいい後輩から体のいい浮気相手に成り下がっちまったわけ。すっぽんぽんの彼女はすっぽんぽんの俺の横で男からかかる電話を手ににらめっこ。何なんだこの状況。無視してしまうのかと思ったけれど、彼女は通話ボタンを押してそのまま電話に出た。静まり返った深夜の室内では電話相手の声までも鮮明に聞き取れた。

「……もしもし」
『あ、俺。わりー寝てた?』
「寝てたよォ、当たり前じゃん、何時だと思ってんの」

よく人のこと言えるなあと苦笑が漏れる。眠気のせいもあるのだろうけど、こんなに不機嫌そうにしている彼女を俺は初めて見た気がする。俺と話すときとは全然違うトーンの声で、おそらく彼氏であろう男に彼女はただ応対した。

『いま暇?』
「暇じゃない、寝てたんだってば」
『もう起きたろ。今から会えね?』
「は?今から?」
『おー、明日おまえ午後からだろ』
「そうだけど……やだよ、めんどくさいもん」
『つーか俺もうお前ん家の前まで来てるから』
「え、家の前って……」

ちらりと彼女がこちらを見やる。会話を全部聞いていた俺はというとすでに心拍数が尋常じゃなかった。鍵、は、たしか彼女が閉めてた。だけどもしもこの男がこの部屋の合鍵を持っていていまこの瞬間に部屋に上がりこんできたら?……修羅場。さあっと血の気が引いてくる。だけど彼女がこの場をどう取り繕うのだろうかと興味深く観察している自分もいた。俺も大概のん気なもんだ。いつのまにか頭に柔らかい感触。彼女がまた俺の頭を撫でていた。

「だめ。いま人来てるから」

正直に言った彼女にすこし驚く。だけどそうだった、彼女は嘘をつけない人間なんだ。しばらく黙った後に、電話の向こうの男が言った。

『また野球部の後輩か?』

また、って?そんなに頻繁に連れ込んでるのか?俺じゃない誰かを?誰を?心拍数の激しい心臓がぎゅっと痛んだ。言葉を返す彼女はやはり嘘をつかないでいる。

「うん、そう」
『いい加減にしろよ!何でそんな簡単に部屋に男連れ込むんだよ!』
「大きい声出すのやめて、怖がってる」
『知るかよ!何なんだよお前……俺ら付き合ってんじゃねえのかよ!』
「そうだよ」
『だったら何で何度も浮気すんだよ!何か不満があるんなら言えって!』
「浮気なんてしてないよ」
『してんだろうが、現在進行形で!』

すでに修羅場。俺の頭を撫でていた彼女が今度は甘えるように膝の上に寝転がった。そして俺の手を優しく握って弄ぶ。拒めばいいのに、それに目を細めてしまう自分が情けない。

『……そこにいるそいつと、やったのかよ』

俺の手を弄ぶ彼女の手がぴたりと停止した。ひどく傷ついたような声をしたその男に彼女はおそらく戸惑ったのだろうけど、それでも嘘はつかなかった。

「……うん、した。二回……あ、いや、三回」
『……っざけんなよ!』

部屋の外と電話の向こうと両方から声が聞こえた。どうやら本当に部屋の前にいるらしい。まずい、せめて服だけでも着ないと。あからさまにそわそわとしてしまってる俺の手を彼女が落ち着けるようにぎゅっと握った。何故だか嘘みたいに温かくて泣きたくなった。

「えっちなことすんのが浮気になるの?」
『ったり前だろうが!普通恋人同士がするもんなんだよ、そういうのは!』
「うん、分かる、分かるけど……そうだねごめん、だったらあたし、浮気した」
『今更謝られても知るかよ!何なんだよお前……』
「ねえでもさあ、それならあたし浮気したのは今回きりだよ」
『……は?』
「なんだかいつもしてるみたいな言い草だけど、浮気したのは今回が初めてだよ」

こちらを見上げた彼女の瞳がまるで俺に弁解するように甘えて見えたのはたぶん錯覚。こんな状況にも関わらず今の彼女の発言に心底ほっとしている俺。どうしようもないと思う。

『……とりあえず、開けろよ』

男の言った言葉に心拍数が再び尋常じゃないくらいに跳ね上がる。合鍵は持っていないらしい。だけど。

「だめ、むり」
『うるせえ開けろ!』
「だって入れたらまた殴るんでしょう」
『開けろって!』

いまの一瞬彼女がすごく問題な発言をした気がするけど、それについて考えをめぐらせる暇もなく玄関の扉がガンと響いた。どうやら男が蹴ったらしい。本格的に恐ろしい展開になってきた。どうするべきかと迷っていると、俺の手を握る彼女の手がすこし震えていることにやっと気付いた。

「……ドア蹴らないでよ」
『だったら開けろよ』
「……どうしたら許してくれる?」
『今すぐここ開けろ、そいつと縁切れ、二度と野球部にも顔出すな』
「嫌だって言ったら?」
『んなの許さねえに決まってんだろ!』
「許さなかったらどうなるの?」
『は……?』
「あたしと別れる?」
『……おい綾、』
「縁切るなんて無理だよ。大切なんだもん」

カチ、と有無を言わさず電源ボタンを押した彼女。静まりかえる室内。
そのまま携帯の電源を切った彼女は俺の腰に抱きついてきた。その姿がまるで子どもみたいで、思わずその頭を撫でてみる。しばらく彼女は何も反応を示さなかったけど、ふとその俺の手を握って体を起こした。甘えるようにキスをしてくるのでまた性懲りもなく俺はそれに応える。
ねえ俺のことは好きじゃなくても、こういうことするのは彼氏以外で俺が初めてなんだよね?それって少しでも特別だって自惚れてもいいの?それともやっぱりただの気まぐれ?
 
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