どっちがだ!!

思い返せば思い返すほど腹の立つことばかりで、俺は自転車をこぐ足に力を込めた。時刻はもうすぐ午後10時を迎える。きつい練習の後で体はくたくたのはずなのに、余計な記憶ばかり掘り起こしていたせいかむしろ全身にみなぎる力を制御できない感覚だった。

彼氏ができたって別れたって俺に一言も教えなかったのはお前だろ。いくら男の子だ何だと言ったって、平気で部屋に上げたり上がり込んだりしてんのはお前だろ。そのくせいつの間にか遠くに行って、振り返る素振りも見せねえのはお前じゃねえか!
それが気まぐれにあんなメール送ってきて、意見したらしたで気に入らねえのか。

いつのまにか息が上がって、思わずペダルを踏んだ足の力を緩めた。自転車をとめて肩を上下させながら空を見れば、月がぽっかりと快適そうに浮いている。手の届かないそいつはいつも眩しい。
喉がからからに渇いて我慢ならなかったので、ちょうど側にあったコンビニでお茶でも買おうと自転車を寄せた。ついでにクーラーのかかった店内で沸騰しきったこの頭を冷やしたい。店の自動ドアが開くと同時に、レジのほうからずいぶん陽気な声がした。

「あれ?泉くんだ!」

あ、こいつ。
半身ジャージで、だけど派手な金髪が一層存在感を引き立たせるこの男には見覚えがある。球技大会のときだって、あるいは平日廊下でだって、片桐と仲良さげに話しながら歩く姿をよく見かけた。こいつが「竹本」だ。

ども、と軽く会釈して飲み物のコーナーへ足を向けるが、すでに会計を済ませたはずのこいつは俺のあとへついてきた。そして一度も口を聞いたことがないはずの俺に、実に気安く話しかけてくる。確かにあいつとノリが似てるな、となんとなく思った。

「なーなー、俺のこと知ってる?竹本っての!」
「あー、顔と名前くらいは」
「よかったー!なあ、泉くんって家このへんなの?」
「や、通り道ではあるけど」
「あ、そうか部活かー!こんな時間までやってんだ、すごいね」

つーか何、この馴れ馴れしさ。別にいいけど。ただこの男に俺の名前を知られている心当たりはひとつしかなかったので、俺は視界に入ったお茶を適当に手に取って足早にレジへと向かった。

「泉くんって瑞穂と家近いんだよな?」

ほらきた。やっぱりその話題。

「あー、まあ」
「いいよなあ、すげえ気楽に会えるじゃん」
「別に近くたって会わねえときは会わねえよ」
「ふーん。そんなもん?」

ポケットに入っていた百円玉と五十円玉を乱雑に出して会計を済ませる。ありがとうございましたーと頭を下げる店員に背を向け、そのままエントランスへ急いだ。

「なあ、何か急いでんの?門限とか?」
「別に」
「じゃあちょっと話そうぜー、俺前から泉くんと話してみたかったんだ」
「は?何を?」
「だからー、いつから瑞穂と付き合ってんのかなーとか」

……は?
自転車に跨ぎかけてた足を下ろして、聞き間違いかと振り返る。眉を寄せて心底不可解げな顔をしていた俺に、竹本は首をかしげてまた繰り返した。

「付き合ってんだろ?瑞穂と」

よく意味が分からない。様々な記憶が脳裏にうごめくのを感じながら、俺は竹本に確認する。

「は……?誰が?」
「だから泉くんが」
「……は?」
「え?付き合ってねえの?」
「付き合ってねえし……つーか意味わかんないんだけど」
「えー!何だーじゃあ瑞穂の片思いかー」
「……は?」

呆けたままの俺に竹本はとどめを刺すように言った。

「知らねえの?瑞穂、泉くんのこと好きなんだよ」


……は?

『じゃないともういずみのこと部屋にあげたりしないし』

は?

『いずみって本当あたしのことどうでもいいよね』

はぁ?

『同じクラスの竹本に告られたから付き合うことにしたんだけど』
『瑞穂、泉くんのこと好きなんだよ』

はァァァァ?


意味不明にも程がある。必死でペダルをこぎながら、雲が月を覆い隠すのを暗くなった視界で感じた。

『え、何それ、え?つーか竹本が付き合ってんじゃねえの?』
『え、俺?あー、はは、俺は全然だめ。先月告って見事にふられたし。好きな人がいるんだとよ』
『だったら、別にそれが俺だとは限らねーだろ』
『や、泉くんしかいないでしょ』

「……んだよ、ソレ……」

キィ、
ブレーキをかけて地に片足をつける。見上げると片桐の部屋が夜の闇にぼんやりと光っていた。

『だって4歳の頃から好きだったって話だぜ?』

思い当たるふしなんてないと思うほうが難しかった。だけどそれ以上にあいつが俺を男として見ていないと思えてしまう要素が多すぎて、何もかもが「ありえない」で片付いてきた。ずっと今までそうだった。
だから互いに互いの出方を窺って。あいつが自分が大人になったことをアピールしてくるたびに俺は目を逸らした。先を行くあいつを俺は追いかけようとしなかった。振り返ることをしないあいつも、たまに足を止めるだけで決して引き返そうとはしなかった。

携帯を鳴らすべきか家のチャイムを鳴らすべきかほんの一瞬悩んだすきに、片桐の部屋の窓が開いた。水の入ったペットボトルを手にしているところを見ると、ベランダの鉢に水をやるところらしい。けれどこちらに気付かないでいる片桐に、俺は柄にもなく情けない声で叫んだ。

「瑞穂!」

びくりと肩を震わせたあいつが見開いた目でこちらを見やる。およそ一ヶ月ぶりに視線が重なり、俺たちはほんの数秒沈黙した。

「い、ずみ?何してんの?」
「……だから、こっちの台詞だろ」
「…………」
「なあ、とりあえず、中入れて」
「いやだ」
「な、」

ぴしゃりと閉じた窓とカーテンに俺は大きくため息を吐く。
やっぱりあいつはこうなんだ。

「おまえさあ」

あわただしい足音と共に乱暴に開け放たれた玄関の扉を眺めながら言い放つ。

「何で言ってることとやってること、いつも真逆なんだよ」

裸足で駆け出したこいつは俺の胸の中に顔を埋めて丸くなってた。孝ちゃんがいつまでも鈍すぎるんだよ。そう呟いたこいつの思考はまだ俺には到底理解できそうもないけれど、ぎゅうと締められた腕の力がひどく震えているのを感じながら、いま、こいつが俺に抱き締め返してもらいたくてたまらないんだろうなあってことだけは、確信できた。

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