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From : 片桐瑞穂
title :

同じクラスの竹本に告られたから付き合うことにしたんだけど
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どう思う?って何。知ったことか!




六等星に告ぐ




別にあいつが誰と付き合おうが関係ないし、そもそも報告される意味が分かんねえし、第一俺がもし「そいつ性格軽いからやめとけ」とか言ったとしておまえは本当にやめんのかよ。
高校に入ってやっと携帯を持ち始めたあいつとメールアドレスを交換して数ヶ月。初めてのメールがこの内容で、時刻はというと午前2時。ふざけんなよ、俺明日(むしろ今日)4時起きなんだぞ。上手く開かない瞼をぎりぎりで持ちこたえながら、浮つく意識で精一杯に親指を操作した。

『好きにすれば』

俺の家の隣の隣に住んでいるあいつから『しんでしまえ』と返事が来たのはその30秒後。今からおよそ一ヶ月前のこと。



「最近来ねーよな」

弁当の卵焼きを幸せそうに頬張りながら田島が言った。そいつが喉を通ってごくりと飲み干されたのを見届けてから、何が?と問う。

「1組のー何だっけ?片桐?ちっさくて細っこいの。まえはしょっちゅう泉にちょっかい出しに来てたじゃん」
「あー……別に」

CD借りたり漫画借りたりしてただけだし。あとは親からの伝言とか。そのついでに弁当のおかずを連れ去られたりはしてたけど、別にちょっかいだなんて。
俺ひそかに仲良くなりてーなーって思ってたのにつまんねーとちゃっかり呟きやがった浜田は無視する。そもそも俺を利用しようだなんて考えが気に食わない。


お互いの呼び方が苗字になったということ以外は、高校に入ってからもガキの頃と同じように接してきた。この隣のクラスに友達がいるからという名目でしょっちゅう片桐は俺に会いに9組に遊びに来てたけど、最近ではそれが全くなくなった。それがあのメール以来そうなのだということを考えれば、あいつはおそらく俺に何か怒っているのだろうが、そんなの知ったことではない。第一怒りたいのはこっちのほうだ。あいつの気まぐれには俺もほとほと嫌気が差してる。

一体これで何人目の彼氏だろう。
中二の春にあいつがサッカー部のエースと付き合い始めたと聞いたのは確か友達づてだった。
同じ年の秋、てっきりまだそいつと付き合っているのかと思っていた片桐が柄の悪そうな高校生といちゃこら歩いていたのを俺は見かける。「サッカー部のエースは?」聞くとあいつは「何か知んないけどふられたから。今はこの前街で声かけてきた人と付き合ってる」と事も無げにそう答えた。俺は呆れた。

中三の夏、暇だから遊びに来いと半ば強制ぎみに言われて片桐の家に遊びに行った。言われた通り差し入れ持って、言われた通り午後1時に。とはいえ俺があいつの言いなりになるような弱い立場であるというわけでは決してなく、だけどこういうことはごく頻繁にあった。お互いに気心が知れていると、ただそれだけのこと(すくなくとも俺はそのつもりでいた)。ぴったり約束の時間に訪れて、あいつの部屋に上がりこむとあろうことかあいつはベッドの上でいまだ熟睡中だった。とっくに午後を迎えて世の中は元気に活動中だというのに、その幸せそうな寝顔を見ると呆れも通り越して腹が立って、頬を少し乱暴ぎみにはたいてやってたたき起こそうとしたけれど、それがそもそもの間違いだった。寝ぼけ眼のあいつに首をつかまれ、一瞬だ。俺の唇はいとも簡単に奪われた。もちろん突然のことに驚いて、思わずあいつの体を突き飛ばしたけど、ようやく目を覚ましたあいつも同じように驚いていた。「あれ?なに、何で?あれ?いま何時……うわ!ごめん!とっとりあえず着替えてくるね!」ひととおり慌てた後は猛スピードで階段を駆け下りていくそいつ。呆然とする以外にできない俺。俺のファーストキスが奪われた人生最悪の瞬間だった。

部屋の中央のテーブルの上に堂々と置かれた洋モノのエロ本に余計に変な緊張を煽られながら、それから片桐が戻ってくるのをじっと待った。10分程度してから盆に麦茶の入ったコップを載せた片桐が苦笑まじりに戻ってきて、だけど目も合わせられずにいた俺に言った。

「うわー、気まずー……」
「こっちの台詞だろ!」
「だからごめんってー、悪気はなかったのだよ、事故さ事故」
「まじありえねえお前……いっぺん死ねよ」
「お菓子持ってきてくれた?」
「ん……つーかこれどうにかしろよ」
「ああ、そうだそれ超いいよ超抜けるよ。いずみ貸したげるよ、でも汚さないでね」
「別にいらねえし!」
「何でー!それやばいよ、えろいだけじゃないんだよそこらのエロ本とは一味違うよ!何ていうかカメラマンの美意識が伝わってきてさー、もう芸術だよすごいよ、借りときなよ。損はさせませんぜ旦那」
「お前まじうぜえ」

ノリ悪いなあと口を尖らせた片桐を殴りたくなった。それからは先ほどの事故も忘れるくらい、いつもどおりの穏やかな時間が過ぎていっただけだったけど、しばらくして、阿呆な俺はつい聞いた。きっと納得がいかなかったからだと思う。

「……彼氏にでも間違えたの?」

は?と何のことか分かっていなさそうに、そして何故か少しだけ不機嫌そうに返した瑞穂にさっきの!と思わず声を荒げながら聞いた。あいつは心底不可解そうな顔をして、しばらく宙に視線を泳がせ、そして漸く理解したように手をぽんと叩いて答えた。

「ああ、哲くんね。もう別れたよ。言わなかったっけ?」
「は、また!?つーかいつ!?」
「んー半年くらいまえ」

つまりあの不良とは数ヶ月ともたなかったらしい。この女は本当に人を呆れさせるのが上手いよなあと大きくため息を吐きながら、じゃあ今は彼氏いねえの?とその流れで聞いてしまって後悔した。当たり前じゃん。答えた片桐に耳を疑う。

「じゃないともういずみのこと部屋にあげたりしないし」
「……は?」
「は?って何が?だっていずみ、男の子じゃん」

またしても事も無げに言った片桐に声を失う。何でこのタイミングで?いや、何で今更?
初めてのキスも視界に入る金髪美女も何もかもが手伝って、俺を「男の子」だと言った片桐に心臓が変な音を立てて落ち着かなかった。振り払うように目を伏せて、コップの中の残り少なくなった麦茶を飲み干した。いつもなら気にならないはずの沈黙がやけに痛い。このままではまずいとばかりに、俺は思い出したように切り出した。

「……そーいえばさ」
「うん」
「同じクラスの新山ってやつがお前のこと気になるってんで」
「……うん?」
「紹介してほしいって言ってたんだけど」
「……いいけど、あたしが携帯持ってないって知ってんの?そいつ」
「ああ、言った」
「……ふーん……」
「何、おまえ彼氏ほしいんじゃねえの?」
「んー……?うん、ほしいよほしい。超ほしい。新谷くんに言っといてよ、瑞穂超乗り気だよって」
「新山な。お前本人の前で間違えんなよ」

データボックスの中から新山の映った写メを探し出して、それを表示したままにした携帯を片桐に渡す。まるでようやく国道を発見した遭難者のような心地でいながら、携帯を受け取った片桐に視線をやっていると、あいつはまた、突き落とすかのように言うのだった。

「ずっと思ってたんだけどさあ」
「あ?」
「いずみって本当あたしのことどうでもいいよね」
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