はっと我に返ったように浜田が途端に慌て始める。呆気にとられているあたしに向かって少しどもりながら言った。

「わ、悪ィ、どなっちゃって」
「や、あたしもなんか、無神経なこと言って」
「いやー何かさ、あいつら見てると応援したくなるっていうか、情が移っちまってるから」
「うん、そうだよね、ごめん」

さっきの、ほんの一瞬。浜田のことをかっこわるいと思ってしまった。一回戦負けほぼ確定の野球部のためにわざわざ応援団なんて作ってはりきっちゃって、そんなの絶対恥ずかしすぎる。無駄骨。ダサい。かっこわるい。
でも何でだろう。そんなことを思ってしまったあたしが一番かっこわるい気がしてきた。だって今この浜田の目は、勝ち負けだとか何よりも、野球部のみんなを信じてる目だ。

「……勝てるといいね」

心の底から呟くと、浜田が少し照れくさそうに「おう」と返した。
へんなの。よく分からない。あたしの中にあるかっこいいとかっこわるい、ダサいとダサくないの境界って一体なに?世間に反抗的でいるのがかっこいいの?体裁なんて関係なしになりふり構わず頑張ってるのがかっこいいの?

「……俺さあ」

前触れなく浜田が呟く。うん、とこちらが応答すると一瞬躊躇った後にまた照れくさそうに言った。

「中学ん時、藤崎のこと好きだったんだ」

ふーん、なるほど。そうかそうか。……って、ん?

「はァ!?」
「あー!やべー超恥ずかしい!やっぱ言うんじゃなかった!」
「何で?何であたしを!?あんたよっぽど馬鹿なんだね、信じらんない!」
「……お前、それ自分で自分のこと貶してるって気付いてる?」
「だって、あの頃のあたしなんか一番調子ぶっこいてて一番馬鹿だった時期じゃん!どうやったら好きになるわけ、理解不能!」
「えー、でもお前、かっこよかったじゃん」

……は?思わず耳を疑ってしまう。確かにあの頃は自分で自分をかっこいいと思っていた。だけど今となっては消し去りたい過去ナンバーワン。正直こうして掘り起こされるのも億劫なのに。

「ど、どこらへんが……?」
「何か我が道を行くっつーか、そこらへんが?つーか普通に頭も良かったし運動だって出来たし、言ってることとかもいつも筋通ってて、あーすげえなーコイツって」

(……そうだっけ?)

あたしってそうだっけ?別に頭なんて良くなかったよ、都心の高校に行くことに親を納得させるために最低限勉強はしてただけ。運動だって別に普通。筋通ったことなんて言ってない、周りと意見が被るのが何だか悔しくて何に対しても屁理屈こねてただけ。我が道なんて行ってない。ダサく恥ずかしい存在になりたくなかっただけ。あたしは何にもかっこよくない。

「……浜田、あたしのこと美化してるよ」
「そうかなー……」
「かっこよくありたいって振舞ってたのは確かかもしれないけど、でもそれだけだし」
「でも、それがかっこいいんじゃねーの?」

風が吹いた。黒くしたばかりの髪がなびいて揺れた。

「かっこよくありたいなんて誰だって思うじゃん。でも本当にかっこいい自分を実現しようとするヤツなんて少ないんだよ。まあ何をかっこいいと思うかなんてのは人それぞれなんだろうけど、俺の見てた限りでは藤崎はすげーかっこいい女だったし、うん。それってお前なりに頑張ってた証拠なんじゃないのかなーって」

──どうしよう。
風になびく髪を手で押さえることすらせず浜田を見据える。なんだか顔が熱くて泣きそうだ。言葉に詰まってただ視線を送ることしかできないでいると、浜田が照れたように笑った。指先が震えた。

「まあ上手く言えないんだけど……つーかさ、そんなふうに自分のこと否定されるとお前のこと好きだった俺がムナしいじゃん」
「……うん」
「うん、だから、そういうことで」
「……はい」

耳に響くその声がひどく懐かしい。今まで何をしてても空虚感が否めなかったのは居場所がどこにも見つからなかったから?見渡せばどこにだって心開ける場所はあったのに。
浜田。もうすっかり思い出した。初めて話した言葉にメルアドを交換した経緯に、席が隣だった頃に授業中いつも喋ってたことや修学旅行のとき男子部屋に忍び込んで浜田の布団にもぐりこんだこと。そのときの胸の鼓動のリズムまで。

「……浜田ぁ」
「あー?何?」
「あたしも浜田のこと好きだったよ」
「……え!?マジで!?」
「うん、確か中三のとき。あたしにしては実にウブな恋だった」
「何だよそれー!両思いだったんじゃん、もったいねー!」
「なに、もったいないって」

だってきっかけさえあれば何か始まってたかもしんねえのにさー。浜田が呟く。さっき浜田のメールの返信がやけに早かったことを思い返すと笑えてきた。
手にしたアイスの棒をゴミ箱に投げると見事綺麗に吸い込まれた。おお、と感心する浜田に誇らしげに胸を張る。ああなんだ。簡単なこと。
ねえ浜田、かっこいいって、自分を認めることだったんだね。

「浜田ー」
「ん?」
「……下の名前なんだっけ?」
「ひでっ!何だよお前ー、俺のこと好きだったくせに」
「でも期間短かったし」
「……良郎ですけど」
「うんじゃあ、良郎」
「うわ、なんか変に感動」
「あたしさぁ、しばらく今のバイト頑張るから」
「うん?」
「だからきっとまた来てね」
「……おー」

こいだブランコが風を切る。雲は早い。久しぶりに空を見た。


四等星の邂逅
3/3
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -