「うおっ!」

ボゥン、とまた音がすると、私はいつのまにかまた山本の家にいた。まだ意識が定まらない。ぼやけた視線の先にいるのは私の知る中学二年生の山本だった。どういうわけか山本の上に馬乗りになっている私に、山本は困惑した表情で「おかえり?」と疑問系で言う。ああ山本がいる。今ここに。果たして今の今まで私が十年後の世界に行っていただなんてこと、今の山本がどれほど理解できているのだろう。目の前で起きた不思議な現象に困惑してばかりの山本はやはり眩しい。「苗字?」と不思議そうに私の苗字を呼ぶその姿に胸の奥が締め付けられた。
どうしてだ。どうして。

たまらずその場を駆け出し店から飛び出す。呼び止める山本の声。その声の様子から山本が私を追って来ることを予想して自然と足を緩めた。全力で走ったところできっとどうせ追いつかれてしまう。しばらく走ったところでゆっくり立ち止まると、その数歩後ろで山本も立ち止まるのが分かった。苗字?と相変わらずの調子で呼ぶから、私は振り返って一言告げる。

「もう関わらないで」

聞いた山本が目を丸くした。何か言いたそうだったけど、私はかまわずそのまま続ける。

「十代目にも獄寺にもリボーンさんにも、私にも……もう関わらないで、お願い。ねえ、山本でいて」
「……苗字?」
「リボーンさんは私が説得しておくから!山本のことは諦めてもらうようにって……ねえ、お願い。あんたは、あんただけはずっと、何も知らないままでいて」

震える声でそこまで言うと、思わぬことに山本は笑った。はは。白い歯を見せ付けるようなあのいつもの笑い方。

「ついさっきまでいた十年後のお前も、同じこと言ってたよ」

あまりに穏やかな声に涙が零れた。いつのまにか傾いていた日の光が彼全体を覆う。こんなにも綺麗なのに。こんなにも。

ぼろぼろと涙をこぼす私を山本は柔らかく見つめながらそっと近づいて抱き締めた。涙に濡れた私の顔を躊躇いなく自分の胸に収めこむ。突然の行為に混乱する。

「……は?な、に?」
「俺思うんだけどさ、未来の俺とお前は恋人同士だと思うんだ」
「…………は?」
「さっきの、十年後のお前、俺のこと何て呼んでたと思う?」
「……え、やま、」
「武。だって。どうしよう、嬉しくて死にそう」

はは。とまた笑う。どこまで馬鹿ならば気が済むのだろう。十年後の私の悲痛の声が届いてないばかりか、この男は私の自分への呼び名へくだらない幸福を感じている。どうすればいいのだ。どうすれば。
だって私は知っているのだ。この男はすべてを守ろうとする、だけど最終的に、犠牲にするのは必ず我が身だ。自覚さえ持たない、この絶えない瞬きがひたすら恐ろしくてたまらない。ただ締められた腕から伝わる体温が憎い。憎い。

「キスしてもいい?」
「ばか。あんたってばか」
「名前」
「呼ぶな!ばか!」
「なあ、好きなんだ」
「うるさいばか。ばかばかばかばか」
「分かってよ。お前と一緒にいるってだけで、幸せなんだ」

この男。何年経っても変わりやしない。腕を緩めた山本がキスしてこようとしたから加減もせずに頬を殴った。彼はそれでもやっぱり笑った。屈託なく。どうしてこんなに綺麗なの。

「……あんた、ばかすぎる」
「苗字が好き」
「ばか」
「苗字も俺のこと好きって言ってよ」
「ばか。死ねばか」
「じゃあ、苗字が殺して」

ひどく穏やかに言ったこの男に眩暈がした。きっと本気だ。この馬鹿やろう。
ああでも今ここでこいつを殺したならば、未来にあんなに濁ったこいつの姿も見なくてすむなあなんて考えてしまった私は愚か。おろか。



空気を矢で射る
──巻き込むばかりの私は無力


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