しあわせだと言って彼はわらう。



素晴らしく瞬く彼は光そのものだ。きらきらというより、しぱしぱ。眩くていつも視界をくらませて、時折私は瞼を開けることすらままならない。今まであまり明るい道を歩いてきたとは言えない私にとってはそれが心地よくて仕方なかった。夢を見ているようだった。彼が笑うだけで幸福を感じた。

宿題見せてと言うと、俺もやってないんだと言う。どうするつもりだと聞くと、何とかなるだろと平気で笑う。能天気で、楽天家。
緊張感なく喧嘩へ挑む背中を止めようとすれば、大丈夫だってと柔らかく宥める。負った怪我を心配すれば、参ったなとやはり笑う。笑顔はいつも絶えないでいる。
どうして身を危険に晒すのだと聞けば、大事なものがあるからだと言う。自分の命や人生とそれ、一体どっちが大事なのだと聞けば両方だと言う。当たり前に全てを守ろうとする。そんな彼はやっぱり笑顔だ。


寿司をつまみながらぼんやりと彼を眺めていた。辺りには騒がしいちびっこたちのはしゃぎ声が蔓延していたけれど、それは私の意識の外だった。視線の先の彼はやっぱり楽しそうで幸せそう。時に幻想的なその姿が、私の唯一の、一番の救いだった。

そのとき、意識を疎かにしていたせいもあるかもしれない。突如「ボゥン」と大きな音が聞こえたと同時に体に軽い衝撃を感じた。何かが当たった、とまだ十分に働かない頭でぼんやり思う。一瞬間、明るみとも暗闇ともとれない妙な異空間を漂ったかと思えば、気がつくとそこは森だった。森……林?とにかく辺り一面が木。とにかくまったく見覚えのない土地。さっきまで自分は間違いなく山本の家にいたはずなのに。だけど状況から察するに、おそらくあの牛小僧だろう。十年バズーカなるものに当たったに違いない。

ひとまずは五分間じっとしていよう。そう考えて大きく息を吐いてから、自分のすぐ側に立っていた見知った顔にそのとき初めて気がついた。

「……あれ?お前」

驚いた顔で私を見下ろす彼は間違いなく山本だった。私の知る唯一の山本武だった。少しだけ彼を見上げる首の角度がきつくなった気がする。じっと送った視線が動かせなかった。自分の見たものを、信じたくなかった。

ドカン、と少し離れた場所から大きく爆発音がしたかと思うと、山本は私の腕を掴んで走り出した。なんとなく、それでも曖昧に理解する。私たちは今、何かに追われている。山本の額にかいた汗と荒れた息がその凡そを物語っていた。

「驚いたな」

こっちの台詞だと言ってやりたい。一通り走った後、木の幹を背に身を隠しながら彼が苦笑気味に呟いた。私は指先が震えるばかりで言葉を発する気にもならない。わからない。この状況の、意味がわからないのだ。微塵も。

「お前10年前の名前だよな。何でいきなり……ハハ、タイミング悪すぎ」
「……あんた、何してんの」
「ああ、今ちょっとした任務でな。この時代のお前と一緒に敵地へ来てたんだけど……参ったな」
「そういうんじゃ、なくて!」

ん?と首を傾げる山本に言葉を失う。これは間違いなく山本だ。まだ確実に無邪気さの残る山本だ。だけど山本はどこへ行ったの?支離滅裂な自分の思考に嫌気がさす。だって意味が、わからない。

「何、してんの、あんた……」

例えば彼の顎に残る傷跡は何だとか。どうして彼が着ているのはユニフォームじゃなくて黒いスーツなのだとか。眩かったあの少年の笑みが今この瞬間どうしてこんなにも憂いを帯びているのだとか。襟元に散った、この赤黒い斑点は何なのだとか。
唇が震えて思う言葉が出なかった。私の知る山本は確かにここにいてここにいなかった。

混乱が駆け巡りただ溢れそうになるのは涙だけ。下唇をきゅっと噛んで辛うじて視線を送ると、山本は目を細めて私を抱き締めた。まるで迷いなく回された彼の腕にまた困惑する。だけど本当は分かっていた。彼が私をファーストネームで呼んだ瞬間から。

「名前、俺、今もお前と一緒にいるよ」
「だ、から、何で……」
「幸せだよ、俺。幸せなんだ」

腕を緩めた彼が私の頬を撫でて微笑んだ。知らない。こんなに儚い山本の笑顔を私は知らない。その表情は、確かに何かを諦めていた。確かに何かを、置き去りにしていた。


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