ぶおんぶおん。勢いをつけてブランコを立ちこぎ。風が顔面を冷たく刺す。どのくらい勢いをつければ一回転できるのかしら。どうでもいいことをどうでもよく思ってすぐに破棄。視界は揺れる。上下にゆらゆら。黒い空が見えたり静かな公園が見えたり。そんな中に息をきらした彼が飛び込んできたのは約束の時間ぴったりだった。
「何のつもりだ」
いやだ何よその目。ぎろりだとかきっだとかの擬音がよく似合いそうな睨みっぷり。こわいこわい。これだから武装警察真選組は。
彼は私の乗るブランコから数メートル離れた場所で一枚の紙切れを見せ付けている。相変わらずの鋭い瞳をこちらに向けて肩を揺らして。寒気がする。綺麗綺麗綺麗。生憎今日は曇りのせいで背景の星の輝きが少しばかり足りないけれど。うん。いいじゃない。ひどく綺麗よ。じわじわ染みる。
こんな場所から眺めるのも忍びないし勿体無い。とう、と呟いてブランコから手を離す。空中で一回転して華麗に着地。だなんてまさか出来るはずもなく、身体能力に乏しい私は勢いをつけすぎたブランコからみっともなく放り出され地面に叩きつけられた。うつ伏せになって砂の地面に熱いキス。格好悪い静寂が流れる。けれど呆れ笑いやましてため息すら吐いてくれない彼のことが心底すきだ。ねえ、手を差し伸べてくれてもいいんじゃない。
むくりと起き上がってしゃがみ込んだ体勢で膝を見る。じっと眺めていると砂で汚れたそこにじわじわ赤が滲んできた。ひりひり。じんじん。痛いという信号が脳まで伝わってくる感覚がとても好き。背筋がぞくぞくと冷えあがって体が震える。たまらない。
くしゃりと紙を握り締める音と共に彼は言った。
「……目的は何だ」
「そんなものないわ」
「ふざけるな!」
ああ、怒らせちゃった。彼が腰から引き抜いた自慢の愛刀を私の顔の横にかざす。怒りに満ちた目で強く睨む。見下す。綺麗。
そっと視線を刀へ移す。電灯の灯りをきらりと反射するその銀に目が眩む。ああなんて。くまなく手入れされたその彼の相棒くんが恨めしい。どれほど大切にされてきたのどれほど彼と時を共にしてきたの。
撫でるように優しく刀を掴むと彼がぎょっとした。切れ味のいい刃が手のひらに食い込んでぽたぽたと血を滴らせる。ぽたりぽつり。砂が赤く固まっていく。
気味悪げに刀を引っ込めて彼はまた私を睨んだ。静かすぎるこの空間に血の滴る音がやけに響いて聞こえるのは私だけだろうか。ぽたり、ぽつり。
「嘘だよ」
刀を納めながらまた何か言いかけた彼に一言そう告げた。ぴくりと眉を動かしながら訝しげに私を見下す彼はどこまでも綺麗。
「私ごときが誘拐なんてそんな大それた犯罪犯せるはずないじゃない。きっと今頃あの人は穏やかな夢の中にでもいるんじゃない」
「てめえ……!」
ねえ何なのその表情。怒っているの安心しているの。私にそんな度胸ありゃしないって、そんなことも分からなくなるほどに動揺したの。それほどまでにあの人のことが大事なの。ひりひりずきずき。患部から悪いものがどんどん進入してくるのが分かる。ひりひり、ずきずき。
血の滴った手のひらで砂を掴んで彼に投げた。目に飛び込んだ細かい粒たちに彼は表情を歪ませる。右手で顔を隠そうとしたから、私は立ち上がってそれを阻止した。掴んだ手首に私の手のひらの血が滲んでいく。このまま溶けてしまえばいい。
目を開くこともままならない彼の唇へ私はすかさず噛み付く。吸い付いて舐めて絡めとる。露骨に嫌がる彼の顔を掴んで離さない。ちゅくちゅく。わざと立てた音が鼓膜を突き抜けて脳髄を殴る。溶けてしまえばいい。このまま。
どれだけ熱を流し込んでも抵抗をやめない彼の唇を噛んでお仕置き。途端に一層彼の顔が歪んで私は強く突き飛ばされた。
私が作り出した彼の涙と唇を伝う赤い血に目を細める。じんじん染みる。すりむいた膝が切れた手のひらが突き飛ばされた肩が。ねえ。ねえ。土方、さん
「私のものになってよ」
憎々しそうに睨んで彼は一言吐き捨てる。
「死ね」
ああなんて。綺麗。
ガラスの瞳でわたしを貫くのです、そうして
(燈華さんへ)
title/bamsen