いつからだっけ。どうしてだっけ。そんな大昔のこと本当はどうでもよくて、だけど出来る限りそこに何らかの運命性を見出したくて何度も振り返る。そうは言っても、あたしは運命なんて不確かなもの信じてもいないし縋りたくもないと思っているのだけど。
ともかく好きなのだ。彼のことが。
一目ぼれだなんて情けなくて口には出せないけど、それでも中一の春のあの瞬間は今でも脳に焼き付いている。つまりはガキだったのだ。目立つ男の子が気になって仕方がなかった。クラスにたった一人、まるで世界を拒絶するかのようなあのオレンジ色を見て、あたしは直感的に思った。というよりも、あれは決意に近かった。

あたし、この人を好きになる。

そんな決意もあえなく、何の進歩もないままにこうして三年という年月が経過したわけであるけど、彼という人間は相変わらずあたしの中に住み着いている。これはもう、もしかすると意地にも近いのかもしれない。何かを実現させたことなんて数えるほどしかないというのに、嫌になるほどプライドだけは高いのだ。


自己嫌悪にもほとほと飽きて、そろそろ潮時かしらとため息を吐いていると、タイミングがいいというか何というか。ちょうど目の前を通り過ぎたのはあたしの想い人の黒崎一護くんじゃありませんか。

呼び止めたのは衝動だった。だけどなにか、ある決意が全身を駆け巡ったのも確かだった。

「あ、あの!」

馴れ馴れしいにもほどがある。唐突に彼の袖を掴んだあたしを彼は振り返る。

「あー……っと、苗字名前?」
「……へ!?」
「何?」
「あ、いや、あたしの名前知ってたんだね」
「まあ、そりゃ中学ん時から同じだし」

なんと素晴らしいこと。もしかしたらあたしときたら思っていたよりもずっと高い位置にいるのではないかと一瞬自惚れる。だって、少なくとも彼の人生を構成する元クラスメイトAという立場は確定されているわけでしょう!
はっ、と我に返って首を振る。喜んでいる場合ではない。

「で、何だ?」
「え?ああ、いや、あのね……」

──あれ?

「……何だっけ?」
「は?」
「は!いや、ごめん、違うの!何かすごく重要なことを伝えようとしたのだけど、いやでも重要とは言ってもそれはあくまであたしにとっての重要で、黒崎くんにとっては時間の無駄でしかないことなのかもしれないのだけど、っていうかまずひゃくぱーせんとそうなんだけど、」
「……?悪い、意味が」

「いち……、黒崎くん!ちょっと付き合って!」

ばひゅん、とものすごい勢いで彼の腕を掴んでいったのは、美少女転校生と呼び声高い朽木ルキアさんだった。有無を言わさずその場から連れ去られる彼を見ながら、呆気にとられる。

「ばっ、離せ!またてめえはいきなり……」
「とにかく急げ!虚だ!」
「ちっ……悪いな、苗字!また今度!」

去り際にそれだけ言って二人は一目散に消えてしまった。ぽつん、と一人残されたあたしはそれに返事をする暇もなく。
ああ、やっぱりそうなんだ。
何がやっぱりって、彼と朽木さんの関係なんかは実際のところはどうでもいいのだ。付き合ってるとか付き合ってないだかの噂だってあるらしいけど、それならそれでいいとすでに割り切っている。いまこの瞬間に空しさが駆け巡ったほんとうの理由は、口惜しいにもほどがあるくらいのむごたらしい事実。
実感する。あたしはずるいくらいに欲しがりだ。
臆病で行動に移せもしないくせに、彼の世界を構成する一番の要素になりたいと切に願っている。たったひと時でも彼の瞳に映される時間が長くなればと祈っている。
願うばかりで。祈るばかりで。
釈明とはしていた。いくらあたしの中で彼の存在が膨れ上がろうとも、彼の中でのあたしなど、クラス替えで離れ離れになってしまったあの瞬間から萎んでいくばかりであることなど。
いくら彼を追って同じ高校に来てみたって。(志望理由としては不純すぎるから親にはもちろん秘密だけど)
いくら彼を真似て髪の色を染めてみたって。(ブリーチに失敗して色彩的にはかなり遠ざかってしまったけれど)
ずるい。あたしはずるい。
たった今、この恋に踏ん切りをつけようと彼に声をかけた本当の本当の理由だって。高校生になったんだし、それなりに彼氏がほしくて、だけど今の望みのない恋をしたままじゃそれも叶わないってことで、ならせめて。せめて一寸の希望にでも賭けてみて、玉砕してもいい、区切りをつけようと思って……
ああ、そうだった。告白、しようとしたんだった。

「……あー、もう、さいあく」

またも自己嫌悪。後悔の波。
這い上がる方法ではなく、逃げる手段ばかりを考えているあたしはやっぱりずるい。

だって、目を見れば分かるのだ。彼の構成する世界に、あたしの入り込む余地はないのだということ。
(かれは、なにかちがうせかいにすんでいる)

その釈明とした事実がただ悔しくて、あたしはひたすらに涙を堪えて踵を返した。


あなたに伝えたいことはたくさんあるのに、言葉が消えていくんです

二十万打フリー title/惑星

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