百歩譲ってこの男がヒーローであることは認めよう。その左肩に人並み以上の価値があることも認めよう。でもそれが一体なんだというんだ!まったくもって私には関係ない!

「なにってもう存在が?」

また何か気に食わないことでもあったの?と。秋丸くんが聞くので荒んだ笑顔でそう答えました。もう榛名元希という存在が気に食わない。人を殺しても罪にならないのだとしたらかれこれ私は軽く10回は奴を手にかけてるはずだと思う。机の上に置かれたデジカメを見つめてため息を吐く。いくら電源を入れてみたところでもうこの子は作動してくれやしないのだ。とどのつまり壊れてしまったわけである。


それというのもやっぱりイニシャルHの馬鹿投手が原因だ。日常の風景から修学旅行の思い出まで、大切な一瞬ばかりがこのカメラにはおさめられてた。何の気まぐれか突然ヤツが「見せて」なんて言うから鞄から取り出したそれを差し出した。夕暮れが切ない下校中のことだった。突然、元気いっぱいの小学生が後ろから猛スピードでぶつかってくる。鬼ごっこの最中だったのか何だったのかはもうどうでもいいが、とにかくその勢いで私もそのまま横にいた榛名にぶつかってしまった。ドン。「あ」榛名が一言。私は真っ青。榛名の手の中から転げ落ちた愛しのマイステディは都合よくも水溜りの中へボチャリ。昨日の雨を恨む余裕すら持てずにいる。大声で叫んだ私にあろうことか榛名は鬱陶しそうに顔を歪めた。

「何してんのバカ!あーっ!どうしよう動かないじゃん!バカ!バカ榛名!」
「はぁ?知るかよ、自分がぶつかってきたんだろ」
「わたっ私じゃなくて小学生が……!てか自分がしっかり持ってないのがいけないんじゃん!手から滑り落ちそうになったらまず少しくらい慌てるとかしよう!?何冷静に傍観してんの!」
「んだよ、俺が悪ィのか!」
「この場合誰が悪いとかでもないけど建て前としてひとまず謝るのが礼儀でしょうが!ごめんの一言も言えないあんたの神経を疑うねって話だよ!」
「だったらてめーこそ謝れよ!おもっきし左肩に体当たりしやがって、あーあーこれ骨折れてんじゃねえか?」
「どこのヤクザだあんたは!」

信じられない。何で私が謝るの。まず最初にぶつかられたのは私でしょう。それで足がもつれて横にいた榛名に激突してしまったのはそりゃもう悪かったとは思うけど、でもそれより前に「大丈夫か?」とか聞くのが普通じゃない?だってあんた仮にも私の彼氏でしょ!それに何よりこのデジカメ。取り戻せない過去の輝かしき一瞬が。憎たらしいけど愛しく思う、この男との思い出だって、ここには、たくさん、

「……泣くかぁ?普通、こんくらいで」

うんざりそうにため息を吐いた榛名に腸が煮えくり返りそうでした。何で私、こいつと付き合ってるんだっけ。と自問。自答するには至らない。頬を濡らす私を無視してこいつはのん気に欠伸をひとつ。そんな榛名の股間を蹴って一目散に逃げ帰ったのは昨日のこと。


何だってあの男は思いやりという言葉を知らないのだろう。せめて落ちたデジカメをすぐに拾い上げて起動させようと励んだりとか。一言ごめんて謝るとか。謝るには至らなくてもせめて何かフォローの言葉をかけるとか。泣いたらせめて、頭を撫でてくれるとかさあ!
やってられない。昨日からメールのひとつも寄越しやしない。今日は一緒に私の家でテスト勉強しようと約束してたけどこの調子だとすっぽかす気かも。上等じゃないか、私はピカピカに部屋を掃除して日が暮れるまで待っててやる。これで奴が来なかったらもう別れてやる、そうだ別れるんだもうあんなやつ!そう決意した矢先に家のチャイムが鳴って肩が落ちた。いや違う。これは落胆のためであって決して安心したからではない。はーいとお母さんの声がして玄関へ足音。あらまあいらっしゃい、待ってたのよだなんて声がするところを見るとやっぱり榛名のお越しらしい。階段を上る榛名の荒々しい足音が苛立たしい。腹が立ってベッドに飛び乗り布団を被った。ノックもなしに部屋のドアを開けた榛名がこちらを見ているのを気配で感じる。

「……オイ」

え?なになに?私オイなんて名前じゃないからねーだなんてベタな台詞を心の中で念じてみる。寝てんのかてめー約束忘れてたんじゃねーだろうな、だなんて声を荒げながら布団越しに私のケツを蹴るので少し顔を覗かせて奴を睨んだ。でもまたすぐに布団をかぶって顔を隠した。
ぱさり、と。何かが自分の上に落ちたのを感じる。それからドサリと今度は榛名のケツがベッドの上に沈んだのを感じて私はもそもそと布団から這いずり出た。ふと見ると布団の上に先ほどの「ぱさり」の正体がある。何か封筒らしきもの。榛名はそっぽを向いて何も言おうとしないので、私も黙ってそれを開いた。

(あ、)

写真。だった。ほんの十数枚ではあったけど、それこそ日常の風景やら修学旅行の思い出やら。私と榛名の思い出やら。

「とりあえずお前が映ってんのだけ探して持って来た」
「……くれんの?」
「おー、そんだけしかねーけど」
「……あのデジカメ、軽く500枚以上は入ってたけど」
「んだよ、仕方ねーだろ!いらねえなら返せ!」
「いる!いるよ、ありがとう!」

奇跡が起きた。だなんて。大袈裟に感動してみるも、私はこいつがぶっきらぼうながらも確かにちゃあんと優しさを兼ね備えているのを知っているからこそ付き合ってるのだった。好きなのだった。別れないでよかったと、今度は心底安心しながらその写真たちを大切に封筒の中へとしまう。泣きそうだけど泣いてやらない。こんなことで調子に乗ってもらっちゃ困るのだ。いくら優しさがあるとは言っても、それでも到底人並みには至らない程度であるには違いない。それでもこうしてたまに奴の心遣いを感じると、いやたまにだからこそ、感動が何倍にもなるというか。
ともかくこの十数枚には何百枚分もの価値がある。大事にしまっておこうとベッドから立ち上がろうとすると、頭をぐいと引き寄せられた。顔、が。近付いたかと思えば唇が触れる。唐突なキス。驚く。赤面。対する榛名はまるで勝ち誇ったかのような憎憎しい笑顔。首絞めたろかと思うより速く、またすぐに榛名の顔が迫ってきた。「目ー閉じろ」だなんていつになく低い声で言うもんだから、心臓の音がばっくんばっくん言い始める。情けない。何だかんだと言いながら、やっぱり私はこいつが好きでたまらないらしい。たまにむかついたって喧嘩したって、それでもずっと一緒にいられればいいなあと。ぼんやり思いながらぎゅっと目を閉じて構える。……構える。

『カシャ』

……んん?やってくるはずの感触の代わりに妙な音が耳に響いた。おそるおそる目を開くと榛名が携帯をこちらに向けて腹を抱えて笑っている。開いた口がふさがらない。
やっべーすげえ阿呆面!ああ腹いてぇー!もうこれ待ち受けにしよ、はは、最高!
信じられないくらいの大声を上げて一人大笑いするこの男。わなわなと肩が震える。今までの人生で一番の屈辱といっても過言ではない。必死に携帯を取り上げようとするもいとも簡単にあしらわれる。馬鹿にするように見せ付けられたその待ち受け画面では私が今か今かとキスを待ち構えていた。死にたい。むしろ今なら死ねる気がする。同じ写真であり日常の一ページでも、さすがにこうなるとたちが悪い。優しさがどうとかいくら擁護したところで所詮榛名は榛名であった。待ち受け画面を嬉しげに眺める榛名が嘘みたく穏やかな笑顔で呟く。

「キモ」

同じく穏やかな笑顔を返しながら私は榛名の股間を蹴った。およそ11回目の殺意を胸に。

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