「あーあ」かな。いやそれとも「あー」「はぁ」「ふー」…どれだろう。とりあえず肩を落とすニュアンスなのは違いない。正直こうなることは目に見えていた。

調子になんて乗ってませんよ。勘弁してくださいよ。目障りなんだよとか言われたってじゃあどうすれば。なるべく視界に入らないようにしますから、ねえ頼むよ。暴力は、さあ。やめてくれよ。一応これでも乙女なんですよ、わたし。

頭に浮かぶ言葉のどれを選んだって反感を買う気がしてしまって結局されるがままとなってしまった。大きなため息が無駄にファンシーな部屋の中に染み渡る。ひりひりと痛む各部に眉をひそめながら救急箱を広げていると、がちゃり。よっ!と能天気に笑うヤツを見て私の表情は更に歪んだ。

「よりによって今一番会いたくないときに……」
「え?何?」
「べつに。つーかノックくらいしてくんない」

二秒ほど山本は沈黙すると、そのまままた扉を閉めて改めて向こう側からコンコンと音を鳴らした。

「……はい」
「入っていいすか」
「…………」

また二秒。「無視かよー」と笑いながらまた部屋に入ってきた山本をさらに無視する。ときには癒しにさえなったその白い歯も、今は私の苛立ちを煮えたぎらせる要因にしかならない。私の横に腰をおろしながら、ようやく気付いた山本が言った。

「どうした、それ?」
「お前のせいだ……!」
「俺?」
「……山本の打ったホームランボールに当たってね」
「マジで!?」
「嘘じゃボケ」

何だ嘘かー本当ならすげえのにな、すげえ確率だよな、感動するよ、うんたらかんたら。一人相変わらずのご機嫌で喋り続けるこいつはひたすら無視する。言わないでおこう、言わないでいてやろう、今日の放課後山本のファンらしき連中に呼び出しくらって思う存分しめられてしまっただなんてこと。この掌のすり傷は確か「生意気なんだよ!」って突き飛ばされたときに尻餅ついてできたやつ。この二の腕の青痣は「何とか言えよ!」って全力で蹴られたときの、膝のすり傷は……やっと帰れると思って立ち上がった矢先に足引っ掛けられて転んで、指差されて大爆笑されたときのやつ。ええとそれから。

無感情に振り返りながら傷の消毒にひたすら集中していると、山本の手が私の手からピンセットを取り上げた。「やったげる」と微笑みかけられたので無視は継続しながらもそのまま身を任せた。予測できない他人の手による消毒にわずかながらに身構える。傷を負わされた瞬間にくらべればこれくらいの痛み、どうってことはないのなんて分かってはいるのだけれど。

付き合わね?と何かのはずみで言われたので、はあ、それじゃあ、と私もそのはずみで答えた。それだけだ。何かのはずみでキスも済ませた。そしてまた今回も、何かのはずみで私たちの付き合いが一番知れてはならない種類の方々の耳に入ってしまってこの有様。おそろしい。女子って本当、おそろしい。
とはいえ私は山本が学年を問わずとも男女を問わずとも人気者であることは百も承知であったし、何かのはずみであったとはいえ付き合いを承諾した瞬間にこれくらいの覚悟はあったはずだ。だから言わない。頼ろうすがろうだなんて思わないし、むしろこの男を責めようだなんてお門違いだ。わかっている。わかっているのだよ、ねえ山本。にも関わらず心の隅に「気付いてほしい」だなんて馬鹿な贅沢が影を潜めていることに、私は心底うんざりする。

「……いたい」
「もうちょっと我慢な」
「へたくそ。もっと優しくしてよ」
「……あー……」
「なに?」
「何か今の台詞えろかった」
「死ねよ」

はははとまた笑う。いいかもしれない。もしもまた同じ目にあったなら、こうしてこいつに手当てをさせよう。馬鹿な私のやつあたりをいとも簡単に受け流す野郎の性質がこの上ないほど愛しいと思う。どうってことない。こいつを手放す痛みの比にもならない。
そう結論付けた矢先の声だった。私の思考は停止した。

「で、本当は誰にやられた?」

一転。うってかわって真剣なその声に私はただ目を見開いた。ああでも考えてみれば確かにそう。事故にしては不自然な怪我。すこし手当てをする手付きが乱暴に感じたのは気のせいだといい。

「……聞いてどうするの?」
「んー……聞いてから決める」
「俺の大事な彼女に何すんだーって?かっこよく仕返ししてくれちゃったりするの?」

ふざけてそんなことを聞いてしまって後悔した。たしかに動揺はあったのだ。だけどきっとそれ以上に。

「うん」

喉の奥がひゅんと縮んだ。迷いもなく返した山本に声を失う。傷の手当を終えた山本に腕を引かれて、そのまま意図の読めない乱暴なキスをされたのは虫の五月蝿い夏の夜。

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