「何をしている」

その声に臆すことはなかった。別に肝が据わっているわけでもこの方が誰であるかを知らないわけでもない。ただ前世での性格の名残なのか何なのか、私には生にいまいち頓着がないというだけ。もしかすると死をすら理解していなかったのかもしれない。
王はそれ以後ただ私を見下ろしている。きっとこのまま答えなければ数秒後の私の意識はこの世にない。

「花、を、植えています」
「見れば分かる」

何のためにそんなことをしているのかと聞いている。威厳たっぷりのその声に私は答える術を知らなかった。花を植えています、枯れた花を。すでに色褪せ黒ずみ鑑賞の価値すらなくなったこの死者たちを土の上へ。それだけなんです。それ以上でもそれ以下でもありません。理由も、ありません。

きっと眩しかったのだ。
この方が女王様の腹を突き破り生まれた瞬間をほんの柱の影から私は見ていた。それは確かな誕生だった。まさにこの世の何もかもを差し置いて君臨するに相応しい、王たるに相応しいモノが生まれたのだと直感した。同時に自らも含めた王以外の生物の全てを哀れんだ。選ばれし者とそうでない者、その差がこうも歴然としていることが哀しく恐ろしく、そして嬉しかった。柱の影で私は感激に打ち震え、ひっそり泣いた。

「念能力を修めました」
「それがどうした」
「私は未熟です。何よりも頭が悪いので戦闘には不向きです。きっと兵には向いてません。けれどオーラの総量だけは大したものだとピトー殿にお褒めの言葉をいただきました」

王の表情は心底興味を示さない。ただの自分語り、身の上話。聞かされてこれほど不愉快なものはない。おそらくこれ以上安易に一語でも言葉を発しようものなら私の首ははじけ飛ぶ。それもまた良い。
向き直り跪く。頭を地につけて最上級の敬意を払う。王。私の生涯の王。

「弱肉強食はこの世の理。そして今の世には人間が支配しています。貴方はその人間よりも気高く強い。貴方は世界の頂点に立つ資格がある」

それこそが私の中にあるただひとつの絶対的な理解。
それは確かな誕生だった。まさにこの世の何もかもを差し置いて君臨するに相応しい、王たるに相応しいモノが生まれたのだと直感した。だけれど何かが足りなかった。弱者が強者に平伏す道理。そこに欠けた何か。完全無欠の王に欠けた唯一の何か。
植えたばかりの花たちは風に吹かれて砕けていった。

「喰ろうてください」

私を貴方の身にしてください。ほんの一瞬王の息遣いが止まったのは意表をつかれたからであって驚いたわけでも迷いが生じたわけでも何でもない。現に王は嘲るように笑っていた。
死の瞬間、それまでの出来事が一瞬にして頭を駆け巡ることを走馬灯と呼ぶらしいが、私は王の表情を見たとき前世のことを思い出した。それはそれは平凡。私はただの学生だった。襲われたのは祖母のいる田舎へ帰った矢先のこと。それまでの人生はただ日常が繰り返される味気のないもの。私が死をすら恐れなかったのは生を満喫していなかったから。少しの執着もしていなかったから。
きっと眩しかったのだ。
伏せた目の端で植えたばかりの花を捉える。砕け飛んだそれらは土の上からほんの数ミリ茎の欠片を覗かせるだけ。その上を王の足が踏み潰したから目を閉じた。何も要りはしない。慈悲も敬いも情けも何も。足りないのではない、必要としないのだ。おそらくこの先まだしばらくは。

奇妙なことに身が削られていく苦痛こそなくとも意識はあった。私は王の血となり肉となり、そして身となり力となる。その確かな感覚。そうしておそらくは兵の中で誰よりも臆病で誰よりも人間臭かった私が王の欠けた何かを補う一要素にでもなれたのであれば、ああ光栄ですけれど。大層な侮辱を拵え尚も私は貴方に仕えよう(死後ですら)。

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