三周年 | ナノ

※大人向け注意




雲ひとつない晴れの日だった。仕事日和。私は洗濯屋の仕事を黙々とこなしていた。洗い終えた洗濯物を皺のないよう綺麗に畳んで、仕分けして。タグをつけてから気持ち程度のラッピングをする。そして一日の締めくくりに、昼間干してあったシーツをとりに丘へ向かった。日はすでに傾いている。すっかり乾いてお日様のにおいを吸い込んだシーツを確認して、私は充実した気持ちになった。この瞬間が何よりも好きだ。一番の生きがいとも言っていい。干したシーツは三枚あった。順に洗濯紐から取り外していこうとした矢先、一枚目に手をかけた瞬間に私の指先が動揺した。背後に人の気配があった。そしてその正体はすぐに、分かった。

「よう」

ほんの一瞬だけ振り向いて、ようと返した。およそ一ヶ月ぶりに会う男の声はすこし低い。表情は重い。
まっすぐに顔を見るのが怖くて、私は背中を向けたままでいた。一枚目のシーツをとりこむ。地面で汚さないよう、皺にならないようにとひたすらそれだけを思考しながらまとめて洗濯籠に放り込んだ。それと同時に男の声が放られた。
オメデトウ。
まるで心にもない台詞。案の定の用件だ。向けた背中が痛かった。平静を装ってそのまま背中でドウモと返す。それに総悟は鼻で笑った。

「百姓の次男だってな、それも一回りも歳が上の」
「そうよ、とってもいい人なの。お父さんの知り合いの息子さんで、一目見て私のことを気に入ったって」
「随分物好きな男もいたもんだ、何を好き好んでこのアバズレを」
「はあ?なに、ゆって」

つい振り返ってしまって後悔した。総悟の目は真っ直ぐと鋭く私を射抜く。ねえやめて。動けなくなる。

「今度はどんな色目使ったんでィ、性悪女」


最後に総悟に会ったのは先月村で行われた夏祭りだ。一年で唯一、この田舎で花火を見られる日。夜店の裏の木陰で私は総悟と並んで座った。私はみぞれのかき氷を、総悟はいちごのかき氷を片手に、空高く散る花火を見上げる。色とりどりの光の粒が。咲いては消える。
打ち上がる花火ばかりをじっと見上げていた私の横顔を、総悟がずっと見ていることには気付いていた。総悟の気持ちには気付いていた。それでも昔から弟同然にかわいがってきた幼馴染みを今さらどうして男と見よう。私にはその術が分からない。きっと私に振り向いて欲しい総悟にそれでも気付かないふりをして、白々と花火に感動している振りを続けて。

「名前」

それでも呼ぶから仕方がなかった。振り向いてしまった私に総悟は舌を見せ付けていた。シロップで真っ赤に染まった舌。うっかり笑うと総悟も笑った。だけどすぐに真剣な目をしたからずるい。総悟の瞳の奥の光はぐんと私を引き付ける。もう逃げられない。それまで散々誤魔化し続けてきたすべてが、花火の音と共に散っていくのが分かった。総悟はその隙を逃さずに、これまでの私たちの歴史をすべて裏切るつもりで私の唇に噛みついた。口の中にいちごの香りがじわりと広がる。咄嗟に抵抗する腕を総悟の覚悟とも言える力が全力で制する。抗えない。そう気付いた後には、もう、酔いしれるしかなかった。押し返しているつもりの腕はただ総悟の胸にあてているだけ。私は静かにまどろんだ。染まる、赤く。滲んで溶ける。下半身には熱がこもった。
分かっていた。もしもその直後に夜店へ買い物に行っていた近藤さんたちが戻ってこなかったら、もしもあのまま二人きりの世界だったら。一体どうなってたかなんて。だから愕然としてしまった。見えない未来に絶望を覚えた。数週間後に父親に紹介された男との縁談を快く引き受けたのはただそれだけの理由。男は温かく人間味もあり、何より私のことを好きだと言った。それだけで十分すぎる気がした。


あんたには分からない。分かるはずもないだろう、私の心の内側なんて。なにいってるのと薄っぺらい作り笑いを浮かべると、総悟の心が煮え立つのが伝わってきた。

「本当に、とんだ性悪だァ。好きでもねえ男の嫁に行くなんて」
「あんた何を言ってるの、好きに決まっているじゃない、大事なのよ、だから決めたの」
「はっ、どうだかねえ、わからねーな女の考えることなんか」
「……本当のことよ、もう決まったの、式の段取りも進んでる。総悟、あんたがたとえどう思おうが」
「会ってみてえもんだなァ、その男に」
「……そ、」
「聞きてェことが山ほどある」
「総悟!あんたもしあの人に余計なこと言った、ら!」

ぐい、と。両腕を強く掴まれぎゅっと力が込められる。正面からじっと睨む総悟の瞳の奥にはやはりいつもの光が見える。それはどんよりと鈍く強い。はなしてと必死に抵抗するが分かっていた。私はこの光から逃れられない。あの日とおなじだ。頭の中で花火の音が弾けて消えた。
総悟の唇が近付いてくる。思わず顔を背けたら、ふっと両腕が解放された。後ろによろめいてしまうと同時に、総悟の腕は容赦もなく私を突き飛ばす。吊るされたままのシーツが私の背中を守りながら地面に落ちた。ああ、せっかくの白が。どうせ汚れるのなら私の背中でよかったのに。
そのままのしかかってきた総悟は勢いのままに私の唇を貪った。それでも抵抗する私の腕を総悟が掴んで無効化する。貪欲な舌が私の口内を這いずり回る。ただあの日と違うのはそれが憤りを纏っていたこと。一思いに噛んでしまえばすむことなのに、私はそれができないでいる。いちごの香りはもうしなかった。ただひたすらに生々しい総悟のにおいが私を襲う。わざと音を立てながら総悟の舌は口から首筋へと伝っていった。

「そ、うご」
「もう、許したのか」
「え……?」
「てめえの旦那と、もうやっちまったのかって聞いてんだァ」
「そ、んなの。夫婦になるのよ、当たり前で、!」

背筋が跳ねた。総悟の手が下着の脇から侵入する。総悟がますます呆れたように私を睨むのが分かった。ねえもう十分でしょう。後ろめたくてたまらなくて必死に足を閉じようとしたけれど、総悟が自分の体を間に入れてくるからかなわない。総悟の手は私の腿を滑らせながら器用に片足から下着を脱がせた。慌てて肘で上半身を起こそうとしたが、もう、遅い。総悟の顔が私の足の間に埋まる。逃げようとしてもしっかりと私の両足を総悟は肩に担ぐようにして固定している。そうしながら右手は私の胸の突起にまで伸びているからたまらなかった。厭らしい音を立てながら浮いた私の腰から水が滴るのがわかる。弄られ吸い上げられ抜き差しされる。ねえ、もう、十分でしょう。

「謝れ、名前」
「あっ、あ、総悟、もう、」
「それで本当のこと言え」
「な、にを言えって……っ!」
「だから、いい加減に認めやがれ!」

憤る声が私を苛む。私はこたえる術を知らない。黙ったまま肩で呼吸する私を見下ろしながら、総悟は歯を噛み締めていた。そうしながら自分の帯に手を伸ばした。何をしようとしているのかと察してから、私の背筋はぞっとする。

「そ、うご……?」
「…………」
「だめだよ……私たちまた、昔みたいに」
「うるせえ」

勢いに任せた総悟の欲望が一挙に私の奥まで届いた。それだけで私は達した。もうもどれない。収縮する己の女を実感しながらそれだけ静かに自覚した。
だって、こんなの。総悟が憤るのも仕方ない。私だって自覚している。とっくに解放された腕がいつのまにか総悟の髪を撫ぜていること。抵抗するつもりの腰がいつのまにか総悟を追い求めていること。こんなに、こんなにも悉く体が反応を見せるのは、総悟の前だけだってこと。全部自覚している、だからきっと見透かされてる。

それでも最初に裏切ったのはあんたのほうだ。
あんたに大切なものがあるのを私が知っていたように、あんたも私に大切なものがあるのを知ってたでしょう。私はここを離れられない。親の親の代から続いた家業を捨てられない。だから悪いのはあんたのほうだ。出世をすると決めたあんたの。こんな田舎でくすぶるよりも、一旗あげようと決めたんでしょう。ただ強くあり続ける道を選んだんでしょう。ちっぽけな私なんていう存在よりも、大きな大きな彼の背中を選んだんでしょう。仕方がないと思った。私に止めるすべはないと。だから、共に家業を継いでくれると言うあの男を私は選んだ。あんたそれの何が気に食わないの。

総悟は私の腰に腕を回しながら、自分の腰の動きを早めた。生温い吐息が私の胸元を撫でる。私はその髪に指を絡めることしかできないでいる。

「あんたの、せいよ……っ」
「違う、てめーが……!」
「あんた、きらい。あのひとがすき」
「名前!」

総悟は私の中に欲望の全てを吐き出した。生温い感覚が私を満たす。どろりと零れた液体がすっかり汚れたシーツに染みを作った。もう、もどれない。

肩で息をしていた総悟はじきに震え始めた。私の首元に顔を埋めながら繰り返す吐息はたよりない。力強かったその腕がすがるようにして私の背中を抱き締める。まるで餓鬼だ、赤子のようだ。そんなふうに駄々をこねても、あんたが自分で選んだ道だ。いまあんたがすがりついているのはまさに、あんた自身が捨てた道だ。
総悟の声にならない声が小さく「ごめんなさい」と囁く。私はしずかに息をついた。そうしてゆっくりと頭を撫でる。慰むように、あやすように。

あんた何を言ってるの、好きに決まっているじゃない、大事なのよ、だから決めたの

もうもどれない。それでも震える体温を腕の中で噛み締める。ただ今だけは、今だけは。そうして静かに目を閉じる。



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