三周年 | ナノ


一体何を調書に書けばいいのかも分からなかった。彼女はひたすらに同じ言葉しか発言しようとしなかった。

「ごめんなさい」

何を質問しようとも動機を尋ねようとも弁解を求めようとも、声にするのはその六文字、あるいは沈黙。表情は何を考えているのかも分からないほどしんとしていて、だけど以前のような奇妙な感じはなくなった。自分以外のあらゆるものを求めているようで恐れているようだったそれは、今では全てをありのままに受け入れようとしている。この状況下で彼女は確かに、かつてないまでの充実したオーラで満ちていた。

「銀行強盗に連続殺人、それから泥棒に……ついでに詐欺か?」

呆れて物も言えないねィ。罪状を読み連ねた総悟に対しても彼女の表情は相変わらず静かだった。そしてまた「ごめんなさい」と、透き通った声が吐き出す。あまりに素直すぎる彼女の態度にどうやら苛立ちを感じてか、「ごめんですむなら警察はいらねーんでィ!」とついに脅迫まがいの台詞を吐き始めてしまった総悟を取調べ室から追い出した。

「たのむ、五分でいいから席はずしてくれ」

真面目な表情でそう頼むと、総悟は一瞬何か考え込むようにして俺を睨んで、だけどすぐに頷いた。「高くつきますぜ」と言い捨てて背中を向けたそいつの真意は、おそらく俺の想像を越えてはいない。
扉を閉めて、机に向かって俯いたままの彼女へ再び視線を浴びせると、またこぼれるようにしてあの台詞が飛び出した。

「ごめんなさい」
「もういい。てめーが手にかけた連中も皆、何かと問題のある前科モンや変態ばかりだ。他の罪さえなけりゃ正当防衛と主張してもいいほどのな」

かと言っててめーが選択した手段が間違っていなかったというわけじゃねえ。どんな理由があろうとこれはれっきとした犯罪だ。最低以上の何でもねえ。
彼女の正面へと立って説教モードに入るや否や、「そうじゃなくて」と彼女が言った。初めて口にしたごめんなさい以外の言葉に、俺は反射的に注意を向ける。

「土方さん」

俯いていたばかりだった彼女が、じっと俺へ視線を向けた。思わずひるんだ俺に対して、堂々とした声でまたふたたび言うのだった。

「ごめんなさい」

彼女の顔は、ひどく疲れていた。だけど解放されている。背負いきれずにいた重荷から解き放たれて、ようやく立ち上がれたように見えた。

「私、あなたのこと好きでした」んなこと聞いちゃいねーんだよ。「確かに警戒はしていました。だけど不思議と心を許せたのも本当です」だから、聞いてもねえことに答えるな。「だけど、私はいつも自分ばかりで、ごめんなさい」…………。「何も見えていませんでした、あなたのことも。自分の身を守ることばかりを考えていて、私の注意は私の敵にしかありませんでした。きっとだから、あなたの優しさにも、他の誰の優しさにも気付けなかった」……俺は別に、優しくなんて、「ひとつだけ教えてください」……なんだ?「私は、一瞬でも、何かほんの些細なことでも、あなたのお役に立てましたか」…………。「きっとそうだと信じたい。この数ヶ月で私は、誰かに必要とされること、必要とし合うことの幸福を知りました」……それって、あいつの、「もう一度聞かせてください、土方さん。あなたは、」






暖かな陽気の溢れる午後だった。木々の立ち並ぶ道を突き進めば、鼠色した石の行列が広がっている。手入れされたそれらを決まった数だけ素通りすると、目的の名前が書かれたそいつに出会う。奮発して買った大きな花束を抱えてそこへ辿り着くと、先客がしゃがみ込んで手を合わせていた。五分ほど席をはずせと言ったきり結局そのまま戻って来なかった栗色頭のそのサボり魔は、俺の気配に気付くなり振り返って不敵に笑った。

「プライベートで一日に二人も女と会うたァ、さすがはいい度胸してますねィ」
「抜かせ、一人は公務だ」

墓石の前には、見るにも辛い真っ赤な煎餅が添えられている。元気のなくなった花と俺が持ってきた花を取り替えて、中の水を綺麗なものと取り替えた。柄杓で墓石のてっぺんからゆっくりと水をかけると、太陽に反射されてきらきらと光を散らした。

「あんまりだらしねェと、いつまで経っても安心して極楽へ行けませんぜ」
「……あいつがそう言ったか」
「そらァもう。毎晩夢枕でアンタの愚痴ばっか吐いてましてね。土方死ねだとかコレステロールの過剰摂取でくたばれだとか性病うつされろだとか一刻も早く殉職しろだとか」
「……なるほど、夢にはそいつの願望が現れるって言うしな」

お前が殉職しろ。いやお前が。いやいやお前が。とくだらない言い合いで騒がしくしていたところで、俺たち以外の声が陽気に響き渡った。右手に派手な花束を振りかざし、トーシー!そーごー!と叫びながら上機嫌にこちらへ向かってくる。
近藤さんが持ってきた花を足すと、鼠色の舞台は鮮やかな色でいっぱいに溢れた。耳障りな騒ぎ声は三乗されて、他の石の下の住人たちは迷惑顔に見える。それでも俺たち四人の腐れ縁だけは、お構いなしにどっしり根付いたままだった。『もう一度聞かせてください、土方さん。あなたは、』もしも次に会うときは、互いに胸を張って会えたらいい。

──あなたは、誰かに愛されていますか?

生まれながらに孤独な人間なんて存在しない。前を見て、上を向いてまっすぐ歩いて、空に太陽があることたったひとつ知っているなら、きっと俺たちに明日はある。


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tremoloの番外編
いつか土方さんの番外書きたいと思ってて、でも結局ほったらかしにしてました。書く機会が生まれて良かった
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