三周年 | ナノ

例えば愛用のバットにグローブ。例えばユニフォームに染み付いた汗のにおい。例えば日の照りつけるグラウンド。例えば汗臭くてむさくるしいけど居心地の良い部室。例えば。

「いらっしゃいませー」

帰り道につい立ち寄ってしまうコンビニ。そこでほぼ毎日のように見かける店員。
入口の自動ドアが開くなり俺は彼女の姿を探してしまった。奥で棚に商品を陳列している彼女は今日も変わらずそこにいる。なんとなく嬉しい気持ちで俺は店内をうろついた。
馴染み深い横顔を俺は無意識に何度も見やる。それでも彼女とは「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」以外にまともに口をきいたこともない。だから当然、今日の練習で俺が先輩に「投げやすくなった」と言ってもらえたことなんて知るはずもなかった。それでも顔を見ただけで、俺は話した気分になる。嬉しかったことつらかったこと、その日の天気に明日の抱負まで。そうすることで俺は充実する。
そのせいだろうか俺はそのうち、彼女とすっかり親しくなったような気になっていた。例えば目が合えばうっかり手を振りそうになってしまう。もちろん実行はしないけど。

「ねえ、きみ」

たまに目が合っても今まで軽く頭を下げる程度でしかなかった彼女が、初めて俺に自分の仕事とは関係ない言葉をかけた。キシリトールに伸ばした手がぴたりと停止する。思考と呼吸も停止する。彼女はしゃがみこんで商品を棚に陳列しながら、俺をじっと見上げていた。

「チャック開いてるよ」
「え!?」
「あ、違うごめん、ズボンじゃなくて鞄の」
「え、ああ、本当だ……あっす」
「あっす?」
「あ、いや、ありがとうございます」
「ふ、体育会系だ」
「……っす」

くすくす。透き通るような笑い方。おずおずと頭を下げると、彼女ははっとしたような表情になってごめんなさいと言った。すみませんじゃなくてごめんなさいなところが俺は、すきだった。

「結構、来ますよね」
「あ、はい、わりと」
「何だかもう何度も顔合わせてるから、すっかり仲良くなったような気になっちゃって」
「え」
「まともに話したこともないのにね。ふふ、目が合うと思わず手とか振りそうになっちゃう」

失礼なやつでごめんなさい、と、やっぱりすみませんとは言わなかった彼女に俺は一瞬喋ることを忘れた。

例えば青春映画でよく見かけそうな夕暮れ空。例えば夕暮れ時の外気温。例えば帰り道の交差点、例えば信号、横断歩道、寄り道、道草、自動ドアとその奥から響く声。俺の日常を組織する他愛もない全て。

見上げていた首を戻して自分の作業に戻ろうとした彼女に俺は慌てて、「俺も!です」とすこし大きすぎる声で主張した。
彼女が笑う。たったそれだけで俺はこの場所を好きでいる。



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佐倉/コンビニでの恋(あめさきさん)
佐倉大好きなはずなんだけどいざ書こうとしてみたら難しくて焦りました。とりあえず精一杯さわやかにしてみた…つもり…!
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テーマ「人外ファンタジー」
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