公衆便所と罵られた当の咲菜は、不倫行為の真っ最中であった。場所を選ばずのトイレで、そりゃーアンタそういわれても仕方がないなというようなきったないトイレで、ズコバコとバックからキメていた。こういう場所の方が燃えるんだから、しょうがない。ぶっちゃけ綺麗なホテルなんかでヤっても、咲菜はどういうわけなのか全然イケない。

「ああん、先生ってばァ〜。激しす……」

 その異変が、すぐ傍に迫っていた事には気付くわけもなかった。バックの姿勢で突かれながらヨロシクやっていると、そのロングの髪を背後からぐっと掴まれて顔を起こされた。振り返って、その顔を拝もうとして――初めて知った。

「ぎ?」

 相手の顔、ひいては上顎より上の部分がまるごと消失していて、噴水のような血飛沫が飛散している事に。顔面に血のシャワーをバシャバシャと浴びながら、壁に手をついた姿勢のままで咲菜が甲高い悲鳴を上げた。咲菜の髪を掴んだ不倫教師の手から力が緩み、頭部を失った彼の身体がどっと床に力なく倒れた。その身体はしばしの間だけ痙攣をしていたようだけれど、反射的な運動のようなもので、それもすぐに弱くなっていった。

「ひ、あ、ッきゃあああああ!?」

 教師の背後で、その顔半分を持った女子生徒が血まみれで佇んでいる。女子生徒はもぎ取った(全くその細腕の一体どこにそんな腕力があるのか)教師の顔をガツガツと咀嚼し始めた。咲菜はもはや乳丸出しなのも構わずに、返り血まみれのままでその場から逃げ出したのであった。

 すぐその隣の室内では、那岐達が脱出の準備を始めていた。

「それで、那岐さん。アンタの目的とやらは終わったのか?」
「――いいえ」

 咥え煙草のままのキルビリーの問いに、那岐は静かに首を横に振った。

「まだよ。――まだ……終わってない」
「ふーん、そんならしょーがねえけどさ。言っとくけどそうやってボサボサしてるからネクロノミコンに目ェつけられんだろ? 今回の騒動も元を辿ればお前が発端なんじゃねえのか」

 それは、悪気のないような言い草であった。只疑問に思ったから口にしたというわけで、別段責めているようなものではないのだろうが、しかし――キルビリーが煙草を吸いながら呟くと、那岐は少しだけ思い悩んだように視線を下げたのだった。

「――全く責任がない、とは言えない……と思う……」
「じゃ、どーすんの? 止めんの? ネクロノミコンの事。こういうの、今回だけじゃないしな」
「……出来る限りはそうしたい」

 那岐が刀を握り直しながら立つと、キルビリーはやはり取り立てて責めたり追及するような事もしない。感情の伴っていないような眼差しで、那岐を見つめた。その顔は端正な造りではあるがどこか無機質なもののように思えた。言うなればロボットというか、人工的に作り出された理想のような顔ではあったが、人間味は欠落していると称されるかもしれない。

「もう一つ聞いてもいいか、那岐サン」

 キルビリーの更なる問いに那岐は足を止めると、視線だけを背後に動かした。

「お前が誰か探したいってのは分かった。けど、他の人間どもを助ける意味がよくわかんねーな。別に目的の奴だけ見つけたら済む話だろ、これは? 何でそう複雑にする? 面倒くさいだけだろ、さして情もない奴なんか助けたって。俺にはそれがいまいち理解できなくてな」
「……私にも分からないわ、でも……。でも、何故かそうしなくちゃいけない気がするから――そうするだけ」
「罪悪感とか? 何か後ろめたい事でもある?」

 何か考え込むよう、背中を向けたままの那岐にキルビリーが問いかける。どういう表情をしているのか――いや、いつもの無表情だろうけれども――那岐は半ば独り言めいた口調で答えた。

「それもあるのかもしれないわね。けど……今回に関してはどうもそれだけではないの。そうしないと、あの子に会う資格がないんじゃないかって思ってしまうから」
「え?」
「――ごめんなさい、何でもないわ」

 深く問おうとしたが、那岐はその話を一方的に切り上げてしまったようだ。

「早く行きましょう。出来るだけ、誰かを助けながら進んで」

 話したくないのなら、別にそれでよかったし、こちらも深追いはやめておいた。自分は別にやましい事なんかないから、聞かれたら何でも話せるだろうしむしろ大した情報だって持っていないからだ。けれどもまあ、向こうが話したくないんならそれでいい。それまでだった。

 再び歩き始めた那岐を見つめつつ、キルビリーがロッキンロビンの方へと振り返った。

「だってよ、ロビンちゃん。どーするー?」
「ふざけた口の利き方するんじゃないよ、年下小僧。……私は只、お前についてくだけだ」

 二人のやり取りを黙って見つめていたロッキンロビンだったが、彼女の意志は全てキルビリーに委ねるといった具合であった。それで、血の匂いに包まれた悪夢のような室内から出たところで、地獄の箱の内部にいる事に何ら変わりはない。パニックに包まれた船内は、既にゾンビによりもたらされる弊害だけではなく押し寄せる人間達によるディザスターが始まろうとしていた。
 
 重なり合った悲鳴がたちまち辺りを占拠する。臆病な足音に支配される周囲を見渡し、三人は血だまりと化したそこへと踏み出した。
 慌てて駆け出すあまりに転んでしまう者、倒れた人間を踏んづける者、ゾンビに早々に捕食されてしまう者、そして――。

「うわあ! こいつめっちゃタフいやん、胴体切っても動いとるで〜!」
「足にしとけよ、足に!! ボッキンえげつなっ」

 チェーンソーの音をかき鳴らしながら飛び出して来たのは学生服姿の少年達であった。ボッキンと呼ばれたいかつい派手な少年は(ちなみにこの変なあだ名、『ボッキン』だが、彼がセックス依存症でありそのあまりの性欲の強さから授業中堂々と隠しもせずに勃起していた事からそう呼ばれているらしい。どうでもいいが)どこで得てきたのか日本刀を振り回しながらキャッキャとはしゃぎまわっている。
 既に何体かのゾンビ、或いは人を切り刻んだ痕跡が制服に飛び散っているのが分かった。

「……た、助けてくれよ、助けてくれえ!」
「うるせえ、どけ! お前もちょん切るぞ! 控えィ控えィ〜ボッキン様の刀の錆になりたいか、言うてぇ〜」
「ああ……っ、俺の心の恋人・ゆずきてぃーがゾンビになってしまっており……いや、キモイわ。引くわ。流石に愛せないわ〜」

 真剣を構えながら少年がぼやき、すぐさま嬉しそうにゾンビを攻撃しているのが見えた。この短時間であっさりこの未知の状況にも馴染んでしまったわけだ、中々のもんだ――感心している場合か、と思いつつキルビリーは煙草の煙を飲み込んだ。

「あれを見ても、何とも思わない?」

 静かに那岐が問いかけるとキルビリーは少しだけ肩を竦めた。

「別に……、だって俺達には関係ない事だろ」
「――そうね」

 答えた那岐は曖昧な感じで頷き、その考えや感情は読み取れなかった。那岐はふっ、とため息を少し吐き出し、その手に馴染み切らない刀を握り直した。

「……お! すげえ、見ろや! 刀持ったホストがおるぞ、ホスト! おいっ、ホスト! 待てや!」
「うっわホントや! めっちゃ金パやん、金パッパやん! いきがっとるな!? あいつもゾンビかッ! パツキンゾンビかっけー、ひゅーっ!」
「どうやら早速目をつけられたみたいね、だからその色止めておけばよかったのに」

 ロッキンロビンが背後で無感情に呟くと、キルビリーは咥え煙草のまま声のする方へと向き直った。彼女に指摘され初めて、自分の事を言われているんだと理解した。
 好奇に目を輝かせた少年らの意識はゾンビからこちらへとすっかり移っているようだった。武器を手にした彼らにとってゾンビなど脅威ではなく、むしろ玩具でしかないわけだ。

「ヘイ、シャンパンコール! いいオトコーいいオトコーいいオトコ!」
「ホントはどうでもいい男!  グイグイよし来ぉ〜〜い!」
「……何だ、お前ら?」

 もはや相手にもしたくなさそうな調子でキルビリーが返すと、真剣を振りかざしていた少年・ボッキンが楽しそうに刀をチラつかせた。これ見よがしに血の付いた部分を見せているのだと、すぐさま見抜いた。

「斬り合い、斬り合い!? チャンバラする? うわ、かっけーわーマジ。ねえ、武器くれよ。新しいの欲しい〜」
「はあ?」
「おっ、女だ。きれーなねーちゃん二人もいる。けど、ま、俺は左側の子かな」
「うわ、ほんとやん。ゾンビ? 人間?」
「どっちでもええけど武器と女は残してってくれや、色男〜」

 呆れたように那岐が同じ制服を纏ったその少年らを見比べた。ある局面では勇敢とも言える、無謀さは戦いには必要不可欠な感覚のうちの一つだ。強くあるというのは、つまりは何も恐れないという事でもある。

――だけどそれ以上に、自分の弱さを知って受け入れる事。それが強くある事だと、あの人は言っていたわ……

 刀を持ちながら、那岐がいつか自分が師と仰いだ唯一無二のその人の事を思う。しかし、その感傷めいた気持ちに浸る間もなく、時は容赦なく進む。那岐が何も言わないでいるのをいい事に、チェーンソーを持ったヒゲ面でガタイのいい男子生徒(男子、というのも何だかおこがましいくらいの体格の良さだ)が躍り出て、女子二人をジロジロと見比べた。値踏みするように無遠慮に見渡した後、どうも彼の心はロッキンロビンの方へと向いたらしい。

「背ぇたっかいな〜、姉ちゃん。俺デカイ女好きなんだよ、太ももが最ッ高〜にいぃ……」

 馴れ馴れしく男が近づいたその矢先に空気を切り刻むような鋭い音が、ヒュッ、と一つ響いた。それに驚いたのか男が一度ばかり足を止めて、何が起きたのかを確認するように正面を見た。その顔はやはりニヤついたままだったが。
 ロッキンロビンは上段蹴りを放った直後の構えのままで停止しており、その長い脚からなる姿勢はそれは見事なものであった。が、それはどう見ても空振りというか、『命中した』様子はない。
 
「? 何だよ姉ちゃん、生憎だけど当たってないぞ、そのカワイイ蹴り」
「……いや、十分すぎる。残念ながら――お前は私の『射程内』にいた」

 言い終えないうちに、迂闊に近づこうとした男の身体からミリミリ、バリバリ――と随分と嫌な音がした。聞いた事もないような、緩慢とした、だけどいやに耳に残る不快な音だった。

「あらっ、ららっ、ンま」

 近づこうとした男の身体に、肩口から腰辺りまで斜めに切り口が入った。かと思うと、上半身と下半身が何か部品でも分解したかのように分離した。男の上半身だけがまずは床に倒れると、その下半身も次いでから膝を突き、崩れ落ちた。思い出したかのように大量の血が噴き出し一瞬で辺りを赤く染めてしまった。

 何が起きたのかと理解する間もなく、今度は唸りを上げていたチェーンソーの刃の半分も一緒に持っていかれたのだと知った。蹴りの姿勢を保ったままのロッキンロビンだったが、その爪先、靴底に仕込まれていた刃が光るのを那岐とキルビリーが見届けた。

「あっ、チンスケお前何死んどるん。随分あっさりやられよんな」

 作動したままのチェーンソーの片割れもその場に転がされ、既に声を上げられない持ち主に代わるようにやかましく悲鳴を上げ続けていた。
 ゲーム感覚に他者を排除し続けた副作用なのか何なのか、仲間の死をも今一つピンと来ていないような言い草でその半身を見つめた。もっとも、そんな事はキルビリー達にはどうとでもいい事なのだったけど。ロッキンロビンは血の付いたままの仕込み刃を装備したまま今度は軸足を変えつつ、構えを取った。その動きは伝統的な空手やら或いは何か拳法等の護身の為の武術とは違い、もっと実践的なもののように思えた。
 少年らにはその違和感の正体が掴み切れなかったが、つまりは『殺す為』だけの技術なのであった。それに驚いたように少年らも武器を構えたが――、キルビリー達にとって、こいつらはハッキリ言ってもうどうでもよかった。

「――、那岐、ロッキンロビン。来るみたいだぞ、どうやら」

 キルビリーがそこでようやく刀を抜くと、彼女達とは背中合わせになる陣形を組む。

「そのようだわ。……ネクロノミコンにはやっぱり敵と見做されてるって事ね」

 那岐は鞘からは抜かず、柄を握り腰を低く落として構えたのだった。
 奇声と共に走ってきた制服の女ゾンビを迎えたのはキルビリーの刀での一振りだった。下から掬い上げるようなその一太刀はゾンビの片腕を易々と捉え、振り向きざまの一撃はゾンビの頭部を恐ろしく素早い動きで切り落とした。頭と片腕を失くしたゾンビの肉塊が、ごろりと転がされる。ものの数秒足らず、肉眼では捉え難い一瞬のうちの出来事。
 過ぎ去ったように、只、結果だけがそこに血生臭く残った。

 その血を振り払いながらキルビリーは実にばつが悪そうに顔をしかめた。

「……、これで完全に同胞殺しになったわけね、俺も。――あ、さっき那岐を助けた時にやむを得ず斬ってるから今更……か」

 再度刀を振ると、ヒュッと宙を裂く音がして、その血が壁に飛び散った。

「でも、ま、今のでもうネクロノちゃんにごめんねって言っても許してもらえなくなったな。多分。中立の立場じゃいられなくなっただろうな」

 続けざま襲ってきた教師と思しきジャージ姿の女は長い茶髪を振り乱しながら襲い掛かってきた。俗っぽく言ってヤンキーのような容姿をしているが、ゾンビである前はきっと小綺麗な女である。ロッキンロビンは軸足をそのままにしながら片脚を持ち上げて今度は中段からの回し蹴りを食らわせたのであった。





キルビリー君達もエルさんやイルゼさんの
ファミリーみたいなもんでしょうね。
ロッキンロビンちゃんもそうでしょう。
こいつらみんなして人間っぽい武器使うんだよね。
宇宙人なんだからもっとSFみたいなヘンテコな銃とか
使えばいいと思うけどまあ作者の趣味って事で……
そんなもんやそんなもん!!
漫画とかアニメって無意味にメイド服着てるキャラとか
別に意味なく眼鏡にスーツのキャラとかいるでしょ。
あんなんもう全部作者の趣味だからなw

08、殺す方も色々あるんすよ

prev | next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -