鞄をぶら下げ、徹は他に電車がないかと掲示板を見るが、辺りが真っ暗闇のこの時間に、もう次出発予定の電車は時刻表に有りはしなかった。帰りの電車を逃してしまった。高校の友人と遊びすぎたようだ。
掲示板上に付けられている、埃と蜘蛛の糸をかぶった汚い蛍光灯が、チカチカと不規則に消えたり、光ったりしている。電車の無い時間に、バスも無い。
枯れた葉が風に揺られ落ちる。歩いてもいいが、徹の家は遠く、此処に居ても寒いばかりで、このまま一夜を過ごすわけにもいかない。徹の服装は、ワイシャツの上に、白のチョッキ、そしてまた制服のブレザー、薄いズボン、それだけで、他に防寒具などは付けていなかった。寒さが、服の隙間からするりと入ってくる。
ちょっと高いが、タクシーでもつかまえるしかない、徹はそう思うと無人のホームの階段を革の靴音を軽快で足早に響かせながら駆け降りる。途中、冷たい風が頬に当たって体がぶるりと震えた。

駅周りの店は全てシャッターを下ろし、ただ真っ暗闇の静寂の中で、暗闇にひっそりと隠れるようにある一台のタクシーを見つけ、ホッと安堵の息を漏らして、後部席に乗り込む。
荷物を下ろし落ち着くと、運転手がバックミラーで徹を見ながら、どちらまでと聞く。はねた髪をした端正な顔をした男だった。一目でわかるほどに端正である。徹は男色であった。思わず緊張し、あまりの綺麗さに顔を熱くしながら答えると、男は分かりました、と言って、「夏野が運転をさせていただきます」挨拶をし、エンジンを入れ、タクシーを発車させた。
徹は鉄棒の様に座ったまま、緊張のあまり喋れない。夏野が綺麗すぎるからである。どうしても視線が、バックミラーをちらちらと見てしまう。そして見惚れる。誰が見ても、綺麗なひとだ、と徹は思った。
たまに通る他車に注意しながら運転をする大きな目に惹かれてしまっていた。
白く細い首筋が明かりの少ない車内の暗闇で妙に妖艶に浮かんでおり、徹はごくりと唾を飲む。目のやり場に困っている。そして考えた結果、上から下へと視線を移し、いかにも自然とでもいうように、下方にある自分の足を収めている革靴を見つめた。
夏野は、信号が赤になり車を留め、恥ずかしくなり下を向いたので頭しか見えなくなった徹に、ぶっきらぼうに尋ねる。

「こんな夜遅くになんでいる?」

徹が、ビクリと肩を震わせた。何を聞くのかと思えば、と驚いたが、自分の格好を見て唐突に顔から血の気が引く。夜半をうろついていた自分は、学生で学校の制服を着たままだったので、補導をされてしまうと思ったからである。それも、綺麗なひとに。それはとても恥ずかしかったし、制服なんぞのせいでうっかり墓穴をほってしまった事にだいぶ後悔をした。
黙って、下方の革靴に穴を開けてしまいそうなほど見つめ、膝の上で手に汗を握り、何と言おうか口をぱくぱくさせてはいるが、言葉が出ず、黙っていると、

「夜遊びか?高校生はそういうのが好きらしいな。俺はしたことないからわからねぇが。」

とそのつややかな月の光を反射したような果実の唇から言葉が出てきた。同時に、信号が青に変わり、白い手袋をした手でハンドルを回す。
徹は顔をあげ、笑っていいのか、そうでないのか、分からなく、無表情とも言えないぎこちなく、何とも微妙な顔で、

「はい、楽しいです。」

と答えた。バックミラーで徹の顔を見て満足そうに、夏野は頷く。動きに合わせて顔の横にはねている髪が揺れていた。

「友達と一緒だったな?」

再び、ぶっきらぼうに尋ねる。そしてまた、ぎこちない表情で、

「そうです。」

と徹が返した。
どうも、この綺麗なひとは徹をどうこうする気が無いらしい。無愛想だが可愛らしい。すっかり調子が戻った徹は楽しそうに、ふふふと笑った。
夏野があまり喋らないので静かな車内だった。


それから、もうすっかり、徹は夏野に夢中になってた。
毎日、町で時間をつぶし、終電を待った。そうしていると、 夜遊び をして電車が無い徹を夏野が迎えに来る。彼は徹をすっかり気に入ってるようだった。歳は十八になったばかりで自分より少しだけ年下で、どうしてその若さで働いているかも知った。親と離れて暮らしている、生活費を稼ぐため学校に通っていない事、バイトを掛け持ちしていた事。タクシーの仕事は雇い主が気に入ってくれたので、その若さで特別にタクシーの仕事をしている事。若いのになぁ、とため息した。
たまに缶ジュースをくれる事もある。つんけんしていたが、大分空気が柔らかくなった。
それでも、口数が少なく、暇になるとよく妄想をしていたが、徹は次第に彼の脚を開く妄想にとりつかれる。あの細い太股にキスをして、むしゃぶりつきたい。
そう思うと目の前にいる夏野が愛しくてたまらないのだ。
家に着くまでの間に、徹は夏野の犯し方について何度考えただろうか。今日、どうしてそうなったかは分からないが、酒が大分入っており、妄想と現実の境目をぶち壊しそうで、自分で自分が恐ろしい。妄想とは何だ。楽しみだ。大体の意味は、考える事が楽しいだけだ。
雨があたり始めたので、夏野はワイパーを一二度動かして、またバックミラーで徹を見ると、窓から外を見ている。その様子が、楽しそうにしていたので夏野は小さく笑う。お客が自分のタクシーで楽しそうにしてくれると嬉しいのだ。夏野は口角がまた上がる。

「すみません、とめてもらえませんか。」

徹は指をさし、場所を指示した。夏野は言われた通り、何もない路肩にタクシーをとめる。徹の自宅周辺だった。辺りは暗闇で、何も無い。
今日最後のお客は、酒臭いがいいお客だったと、夏野は仕事を終えた。サービスでもしてやろうと、振り返り、徹に尋ねる。

「家まで送ってやる。住所では、もう少し先じゃないのか?酒を飲んだようだし雨も酷い事だしな…。その分の金は俺が出してやるから。」

白い手袋をしている手をヒラヒラさせる。暗い中、やけに目立った。
酒のせいか、夏野の頬っぺたがあかく見える。可愛らしい頬っぺただ。ほんの僅かな瞬間であったが、徹はその頬っぺたにキスをしたのだ。目をぱちくりする夏野に、激しい雨の音中、徹が小さな声で言う。

「…の。」
「…?……。」
「夏野よ、脚を開いてくれないか。」

徹には雨音が、やけに大きく聞こえた。返事は期待していない。聞いてみただけだった。
当の夏野には雨音など、さっぱり耳に入っていない。驚いて、唇が震えている。暫くして、夏野は冗談でないとやっと理解した。それから、何か聞こうとしたが、やめた。徹が乗り出してきたのだ。
夏野は酒臭さを嫌がっている。

「俺は男色だが夏野が綺麗だからしてみたい、とかそういう訳じゃないんだ。綺麗で可愛くて、かっこいい運転に惚れたんだ。はははは、会った日からずぅっと好きで、焦がれて、……、脚を開かせたくなった。なあ、なあ、好きだよ。あはは。」
「………前から知ってた。」

と言われ、酔いが一気に覚めた。あかかった顔は白くなり、椅子を撫でていた手は止まった。
え、あ…どうしよう、とうとうかべをぶちこわしてしまった…。どうしよう、かれは、いまなにか、いったような……

「前から知ってた……あんたがいやらしい目で見ているのは。同じだからな…俺も男を好むようなやつだ。しかしそんなに大胆だったとは。ふん、おもしれぇ。いいぞ、開いてやるよ。あんた気に入ってたし。まぁ、好きだしな。いいか、俺はしつこくて、絶倫だ。それでもいいならこいよ。」

そう言い、手袋も帽子も脱いで、防犯カメラに被せ運転席を降りると後ろの席の徹の隣に座り、ズボンと下着を下ろすと足を座席に乗せ、脚を開いた。それは、彼の本当の姿、可愛い皮が剥がれる時なのだった。己を反り勃たせる姿を徹は人事のように見ている。
いやまさか、こんなことが…はあ、…触れてみたいが本当にいいんだろうか。
彼は構いやしないという顔だと言うのに、これを夢見ていたはずの徹は躊躇してしまっている。

「なんだ、あんた。やらないのかよ。」
「いや…。やる…。」

徹はむしゃぶりついた。
許しをもらって飯を食う犬だ。ぬらぬらと光っていた彼を、口に含み放すと何とも言えぬ美しい輝きを放ち、そこにキスをした。ああ、きれい。夜に妖しく光る。垂れた白濁も惜しむように舐めると彼は、ああ、と声をあげる。夏野が徹の執拗な舌をちぎりたいと思うほど、気持ちいいのだった。
雨音に負けぬ水の音が車内を支配し、徹は顔が雨曝しのように濡れていた。夢中になって一滴も残さず飲もうとする。零させるものかと、夏野も徹の髪を引っ張り自分に押し付けた。


数日後、夏野は武藤と話をした。武藤は同じタクシーの運転手で、徹の父親である。清々しい青い空に雲がひとつ流れる。客がいなく暇でタクシーに背を預けていると、武藤が缶コーヒーを二つ持ってきて、一つ夏野に渡すと、同じように背を預けた。暖かいコーヒーで、手がじん、とあたたまる。

「やぁ夏野くん。」
「こんにちは。…なんか疲れてますか?」
「あぁ、いやそうなんだよ。息子の徹を昨日叱ってね…」
「どうしてですか?」
「遊びほうけてるみたいで、最近帰りが夜中なんだよ。もうすぐテストらしいのに。昨日なんて二時だ。しかもタクシー帰り!バイトでお金だってそんな稼げないのに、…、」
「大変ですね…あ、そういえばこの間、息子さんを乗せましたよ。いや…『乗られた』って感じでしたけど。一年前に見せてもらった息子さんの写真に似てたから武藤さんの、ってわかったんですけど…。」
「夏野くんすまないね…ありがとう。」
「一年前と変わらず、可愛い人でしたよ。ほんとうに…徹くん…。」

感慨深く言う夏野に武藤は背中がぞくぞくして、おそろしかった。何か、彼の真暗な体の中でずるずると這いずり、牙をむいて赤い舌を見せたような気がして……。
夏野の片思いは成就したのだった。
写真を見た時からずっと可愛いくて欲しかった人。徹は夏野のほんの一部しか知らない。本当はしつこくて何処までも追ってくる蛇の男だと言うことを。駅の暗闇に潜み蜷局でずっと徹を待っていたことを…。





10,7,26 修正 加筆







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