※壊れかけ夏野




ネエネエ、オイシャサマ、オイシャサマオレトアソンクダサイヨ。
ネエネエ、オトウサマ、オトウサマオレレトアソンクダサイヨ。


笑った顔は歪で医者と父は顔を見合わせた。
こんな少年だったか、と。



結城には息子が一人居る。その息子はつんつんと刺を常に鋭くしており、誰も寄せつけなかった。
まぁそんなでも大事な友人が一人いるようで、遊びに行っては帰ってこない日がよくあったと思う。何度か随分と楽しそうにしていたのを見た事がある。それが可哀相な事に、このあいだ大事な友人が亡くなってしまった。
それの所為か最近、ずっと机に向かいぼんやりとして鉛筆を握る手は微動もしない。確かにショックは大きいだろう。そう思うが一週間もその調子だ。心配をしても叱っても夢うつつか一言返すだけで、父を見ようともしない、ご飯も半分も食べる前に席を立って部屋に入り浸る。
結城は窶れはじめ動かない息子を仕方なく曇天の下引きずり尾崎の医者のところに連れてきた。患者がいるかもしれない診察室に押しかけると、医者と息子を亡くした父親、武藤が話していが、彼の息子の事だろうと思いながらも遠慮をせず「診てください」と自分の息子を押し込んで丸椅子に座らせ、すたすたと待合室へ消えてしまった。
医者と武藤は突然の事に目を丸くしながら、結城の息子を見る。そうして父・結城が待合室で待っている間に息子、夏野は言ったのだ。彼等を見て薄く開いていた目を細め首を傾げながら、薄暗い診察室であれを言ったのだ。


医者は煙草を吹かすなかなかのいい男で、武藤は息子とよく似ており、少しばかりはねたくせっ毛の髪と、人懐こい垂れ目が親友を思い出させた。投げ遣りな彼は武藤でも悪くないと思ってしまう。

「ねぇ、二人とも。どちらかでもいい。俺とキスでもしないか。ちょっとした楽しみをしようじゃないか。俺みたいなのは女に見えるだろ。チョット中性的だからな。あなたの息子はぼんやりしているようで、実際は男らしくて格好良かったよ。俺はいつも女役じみた事をやっていた、というより自然にそうなっていたが、嫌じゃなかった。
小父さんの息子にあれやこれややってもらってとても…………幸せだった。」

くるりと椅子を半分回し机に脚を投げ出しそう嘆いた。カルテやら資料やらスニーカーが乗せられた為に土で汚れ敏夫は苛立ちを覚えたが、あまりの変化の驚きのほうが勝った。
この子はこんなに饒舌だっただろうか?こんなに悲哀を感じさせたところを見たことがあっただろうか?見かけた事が何度かある。これはあの少年ではない。いつももっとこう、感情を押し殺したような。
「あなたの息子」、のあなた、小父さん、¨徹¨の父親は息子の恋人だったらしい少年の告白に呆然として、次第に顔を蒼くしていった。
敏夫は煙草を灰皿に押し付けた。あまり気が進まない。

「お前は今恋人が死んで自暴自棄になっている。過ちを犯す事はやめるんだ。誰でもいいって思うな。¨徹¨だってそれを望んじゃいないだろう。」

夏野はしばらく黙って、机を蹴飛ばし敏夫の方へ向いた。

「一時の過ちでもいいんだ。忘れたい。」

懇願している。彼が他人に甘えている。たったひとりの愛しい人を亡くした可哀相な少年。愛する彼がいなくなって泣くことも出来ないほどに悲しい君は、どうしたらいいのかわからない。死んだ彼の夢をみることが恐ろしくて眠る事が出来ない。憂鬱に支配されている。
憂鬱を愛しているのかもしれない。徹という人間を愛していたくて、他の何かを愛してしまいたくない。喜び、楽しみ、忘れてしまいたいのか。
なんロマンチシズムな少年なんだろう。

そのうち傷は癒され前を向く。だが今はどうなるかわからない。彼が後で後悔しようとも今必要とされている。さて、どうしたものか。
本当に独り身なら口づけてやらないこともない。だが静信が居る。彼もまた、男を愛していた。もし彼に見られてしまったら何て言い訳したらいいのだろう。治療とでも言えばいいのだろうか、それは間違っていないかもしれないが後ろめたい。
目を伏せる。煙草を一本取り出し夏野の口に銜えさせた。

「口が淋しいんだろ。」
「いらない。」
「おい、捨てるなよ。」
「未成年だけど。…あんた本当に医者?」
「ふん。……仕方ねぇなぁ。」


三秒ほどだったか。夏野に唇を押し付けている敏夫がいた。武藤はそれをただみていた。それは長いような感覚に襲われ、年頃の少年なんかはとっくに過ぎているのに、どきどきと胸がしているのに気が付いて顔をうっすらと赤く染める。十五、年頃の綺麗な顔をした少年と三十二、男くさいがどこか危うげな匂いを、本人は知らぬ間に振り撒いている大人の男、どうにもいけない雰囲気が漂っており、流されてしまいそうだ。
敏夫が唇を離して夏野の唇を一舐めし、微笑した夏野がこちらを向いた。その目は物悲しい。儚む。彼を今愛してやらねばならない。そう思わせる目だ。

「ねぇ。」

濡れた唇が欲を煽る。
女役のせいか、昔より頬が柔らかく見えた。睫毛は長く悲哀をうつした目を伏せると、悲しげな女のようだ。夏野がまるきり女のようだと言うわけではないが、自分とは全く違う生き物のように美しい。
息子が愛した子に惹かれてしまうなんて嫌だ。横取りするみたいで。徹の墓にどんな顔して行けばいいのだろう。行く事が許されるのだろうか。
夏野は立ち上がり、武藤に近づいた。徹が彼に恋をしたように、武藤も彼に恋心を抱く事は遺伝子的には避けられないのかもしれない。
家族、息子の親友、恋人、少年…渦巻く黒い塊。


してよ。小父さん。ああ、本当に似てる。もっと近くに来てよ。ああ、徹ちゃん。徹ちゃん。ねぇ、してよ。ねぇ……。


泣いて懇願する少年に口づけない理由は無かった。
机に押し倒して貪る。
ああ、息子よ。お前はこの美しい少年を愛したのか、とても幸せな時間を過ごしたのか。
この澄んでいながらも妖しいこの瞳を濡らす事なく愛したのだろう。お前は優しい子だったから。
美しき少年よ。私は君の中に息子がまだ生きているような気がしてならないのだ。その胸の中に、影が見えるのだ。その身体を抱きしめる事によって息子も抱きしめられるなら、構わず抱きしめよう。その華奢な身体を。
愛してほしいと言うのなら、愛そうじゃないか、夏野くん。いくらでも口づけよう。

押し付けた唇を離すと熱い息が漏れてそれを惜しむかのよう、再び唇を押し付けた。

夏野くん、背徳という言葉を知っているか。今の私達はまさにそれだ。だが私は今している事にそれを感じはしない。私は今、君と息子を愛しているのだから。

それのどこが背徳と言えよう?










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