こどもを何故つくるのか。


理解するには難しい。そもそもこどもをつくるという事を理解しようと思うこと自体が馬鹿げている。゛何故゛が一だとすれば゛理解゛しようと努力するのは零だ。問えば十人十色の返事が返ってくるだろう。だがどれも俺を納得させられるような問いは返ってこないだろう。
きっと一つもない。
妻と夫は互いがいればそれで満足なんじゃないのか?なぜ家族を増やしたがる。おれは徹ちゃんがいればあとはいらない。
だからなぜ自分の父と母が自分を産んだのか理解出来ない。


1)こどもはかわいいからつくる
2)夫婦二人で家に住んでいるのはどこかさみしいからこどもがほしい
3)夫婦が唯一形として来世にのこせるものだから
4)好いた者同士の遺伝子をかけ合わせたい
5)セックスしたのでできてしまった
6)自分の分身としてほしい


ノートの端に書いた考えられる理由。すぐに消しゴムで消した。跡が残らないようにごしごしとこすった。紙が破れてしまいそうなくらい。その上からシャーペンで間違えてしまった文章を消すかのようにぐちゃぐちゃと塗りつぶした。黒く、それは黒く。鉛のカスが小指を汚した。

まるで自分の残酷な考えを隠すかのように塗りつぶしたそこは黒光りする。今の考えは無かった事にしたい。書いていない事にしたい。ナニモカンガエテイナカッタ。
こうして自分が考え、生きているのは父と母が生んでくれたからである。命ある事に純粋に感謝しなければならない。それが普通というやつだ。


だが再び負に襲われる。なぜ生んだのか。黒板を見るふりをしてぼんやりと宙を眺め、なぜ生んだと口を開かず口内で何度も問いを繰り返す。それがうっかり外に漏れてしまう事はない。父と母に尋ねたら何と答えてくれるだろう。しばしば空虚に侵されるこの心が少しでも満たされるような返事が返ってくるだろうか。父は怒るだろう。そんなくだらない事ばかり考えているなと、暗いと、明るくしろと叱るだろう。悪ければ次そんな質問をしたら殺すと言われそうだ。
母はどうだろうか。きっと少し困りながら望んだようなうすっぺらい安い答えをくれるだろう。でも聞くのはよそう。自分のこどもにどうして僕を生んだのと聞かれ追究されるのはおそろしい事にチガイナイだろうから。そんな質問フツウはしないだろうからな。質問の意図はすぐにわかるだろうし、それは母親である彼女の心を鋭利なナイフでぐちゃぐちゃと引っ掻き回すようなものだろう。嫌な思いはさせたくないんだ。


つるつるとする黒光りの上で消しゴムを何度も動かしてやっとの事で消し終える頃には消しゴムは真っ黒だった。それが嫌なので今度は机上で消しゴムを動かす。授業はもうすぐ終わり、……、チャイムが鳴った。あとは本日を締めくくる短いホームルームのみ。消しゴムをポイと放り出す。綺麗にするなんてもう面倒だ。ホームルームも終わったことだ。


きっと今日の評価はよくないな。最低だと思う。あぁ、そうだ。人間として最低だろう?でもわからないんだ。こればかりは。机や椅子がガタガタしても、生徒がおしゃべりしても右から左へととおり抜けてしまう。疑問だけが雑音に紛れてしまう事なくはっきりと形を残して頭の片隅に居座り続けるのはなんて苦痛だ。引っ張り出して捨てたい。それが出来たら俺はもっとあたたかい人間になれるかもしれないのに。いや、俺が他人をじんとさせるあたたかな気持ちを持ったことがあるか?ないね。この苦痛を引っ張り出したらおれはからっぽの人間か。本当に使えない。

いらいらして爪を噛んだ。ガリッと音がして爪が割れた。再びガリっと音をさせると手首が掴まれる。女の手、清水だ。ふたつにしばったピンク色の髪を揺らして、爪を噛むのはよくないよ、とにこやかに言う。コイツは俺が好きだそうだ。だからやたら世話をしてくれたりする。
今日も頼んでいないが帰りのお迎えとやらに来てくれたらしい。こいつはその内うちの家政婦にでもなるんじゃないかと時々思う。学校にいないと思ったら俺の家で勝手に洗濯していたなんて事はありそうだ。

「こどもってなんでつくるんだ?」
「エッ。こ、こども…?好きなひととのこどもってほしいと思うからだとおもう!」

これはいつぶりの会話だろうか。清水は目をきらきらさせて答えた。話しかけられて嬉しいんだろう。顔を赤くし、ニコニコとしている。俺の視界では文章がグルグルと何度も行きかう。ちがうんだ、ちがう。聞きたいのはそこじゃないんだ。なぜほしいと思うのか。そこなんだ。俺が好きなら質問の意図くらい察してくれ。
ぶつけたい疑問が彼女を巻き添えにすることは分かっていた。俺のこころに散らばった真っ黒い感情は外に出てしまえば、誰彼構わず暗がりへと引きずり込んでしまう。

…、同じように疑問を抱いて苦しむだろう。が、聞いてみて彼女が困っても悲しくなっても俺はどうってことない。構わない。清水が嫌いだからだ。

“なぜ生みたい…”、と、切り出したくなる。再び口内で繰り返される疑問。肝心なところがわからない。だけれどそれを聞くのは僅かな良心が口を開かせなかった。
利用したのだからそれくらいで許してやってもいいんじゃないか?、と問うてくる。
わかっている、わかっているんだ…。人間とは思えない残酷なこの思いはしまっておくさ。ああ、お前は優しくて残酷な奴だね夏野!まるで紳士の鏡だ!ああ、まだ人間でいたい。己はなんて自己中心的なのか。今に始まったことではないけれど。(不確かな自分の存在を確かなものにさせたいばかりにそんな事を考えている。おまえはそういうことしか考えていない。アタマがイッチャッテルンダヨと言われたって否定はしないさ。どう考えたって俺はおかしなやつだろう?)


途方に暮れてシャーペンと消しゴムを鞄に放り込んで歩きだした。さっさと帰ろう。
今日は徹ちゃんと会う約束があるんだ。




「清水と話したんだって?」
「話したなんて言えるほどのものじゃない。」

俺はすでにワイシャツなんかは着ていない状況でぼろい、やたらに軋むベッドの上に押し倒されていた。カーテンが閉められた薄暗い部屋で徹ちゃんは面白そうな顔をして俺を見ながらセーターを脱いだ。喉が鳴ってしまう。優しそうな顔の割にしっかりとした肩をしていて、腰がすこし細い。色白で、繊細そうな指先をしている。エロくて堪らない。
徹ちゃんとは俺の家でよく会う。仲が仲だし、外で会うのは気が引ける。親が家にほとんどいないことが幸運だったが、親がいたら俺たちはきっと寂びた町の安いホテルで昼間から待ち合わせて入り浸っただろう。

「なんで自分が生まれたか不思議なの?」
「あいつしゃべったのか」
「ああ、そりゃもうペラペラと。夏野に話しかけられたのがよっぽど嬉しかったんだろうな。夏野、清水にもうちょっと優しくしてやったら?」
「だめだ。あいつはすぐに調子に乗る。あと名前。」

つめたいおとこだなぁ、と徹ちゃんが苦笑いした。徹ちゃんは優しすぎる。眉間の皺をぐりぐりと指で押されハッとなっていると口を塞ぐように接吻。だらしなく開いていた口に舌が入ってきて短いあいだ軽い接吻のようにべろとべろを二人でくっつけて、離れると、徹ちゃんはベロチュウ―、アハ、ハハ、ヘヘと嬉しそうに舌を出した。俺は口内の熱を失ってじれったく半ば押し倒しながら接吻してしまった。欲望に貪欲だ。こんな我儘な俺に付き合ってくれるアンタにおれは謝りたくて仕方ない。おれはアンタになんにもしてやれてないってのにアンタは大好きだって言ってくれる。
誕生日にはおめでとうと言ってる最中に泣きだした。よくここまで…―、親みたいなこと言って抱きしめられた。それを思いだすたびおれは生かされてるって思えるんだ。なにもしてやれてないのに、迷惑しかかけてないのに、無条件で好いてくれてありがとう。

どうやらおれは父と母にもらえるはずだったこどもへの無条件の愛とやらをもらえなかったようだ。ふたりがいちばん愛しているのは己でおれはただのお人形かペット。だからおれはおれが存在する(生まれた)理由をみつけられない。
そのかわりと言ってはなんだが可愛くてエロチックで心の底から愛してくれる恋人に出会った。世の中ってのは上手くできていやがる。徹ちゃんに会えたこと、こればかりはこの世に感謝感謝。

柔らかい唇に甘噛みされ、気持ちよくて夢中で唇に吸い付いた。









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