店の中は忙しない。
客がどんどんやって来る。別段高くもないし、安っぽくもない、服が一番手頃なのだろう。上流貴族みたいな人以外は。
薄暗い、絨毯を敷き詰めた店内に夏野が現れる事は滅多にない。裏に篭って服を作る。本当なら、夏野がレジの役割が当てられるはずだが、布と布を縫い合わせるのが上手く、裏にまわった。店の主人の敏夫がいつもレジなのを、不思議に思い、尋ねる客もいる。その度に敏夫が、夏野をわざわざ引っ張り出して、自分の子供を自慢するみたいに自慢するので、夏野はそれが恥ずかしく、ポッと頬を紅くした。

夏野が篭る穴蔵は、窓がたくさんあるので、昼間は光でいっぱいになる。その中で針を動かしていた。
裁縫が上手い。隣の机に置いてあるのは昨日作ったものだ。昨日の出来はかなりよかった。だが、上手く出来れば出来るほど、親と繋がっている気がして、嫌だった。
父さんと母さんは、子供だ、と思い出す。おとなしい子供に対していつまでも無邪気で、おかしな事ばかり言っていた。常に自分達が正しいと振る舞い、それは間違っていると言えば傲然とした顔をして、鍵付きの窓ひとつない部屋に押し込められる。扉の外ではひそひそ話が聞こえた。どこで育て方を間違えた、まだ子供なんだよ、困り果てる父と母。うんざりした。
年を重ねる毎に、落ち着く歳になっていくのに、ますます無邪気になり引っ張りまわされる。
そしてある事が起きる。
摘んできた花を飾っていた。見つかると何を言われるか分からないから、秘密にしていた、が、外出して帰ってくると、花がない。部屋中を探し回ったが、見つからず聞けば捨てたと言う。花が欲しいなら花屋で買ってやる、と。
子供が摘んできた花は普通、喜んで飾るだろう。だが違う。あるべき家庭の姿からこの家はこぼれ落ちてしまった。

徹は父と母に似ていた。きゃっきゃっしていて、笑ってばかりいる。でも、徹の無邪気な態度は不快に思わなかった。どちらかと言えば、それが好きなほうだ。人懐こくて、周りの人間は皆彼が好きだろう。
二人と違うところがある。周囲の人間が自分と違うことをするのを、認めた。本人の感情を押し潰して自分達が正しいと振る舞う、教え込もうとするのとは違う。おそらく徹に会って初めて純粋な優しさを知った。
会って間もない頃は、いけ好かなかった。誰にでも優しいなんて嘘っぱちだ、裏で皆をばかにしているに違いない、気味が悪い、と思っていたが、夏野が仕事から帰る時も、朝、仕事にいく時も、夏野がいると必ずくっついてくる。まだいけ好かなかったから、黙って歩いた。
だいたい、ろくに話したこともない。何故か必ずついてくる。横に並んで、べらべらしゃべって一緒に住もうだの、遊びに行こうだの、返事をしないままで通すつもりだったが煩くて敵わなくとうとう折れると、徹は嬉しそうに夏野のまわりをくるくるとした。

一緒に住みはじめると、夏野、夏野、事あるごとに呼んで、返事をしてやるとすりついてきた。犬みたいだな、あんたはと、何度も言った気がする。過ごすうちに、自分が馬鹿らしくなるほど、徹はいいやつだった。もっと早くから一緒に住めば良かったと思うくらいだ。調子に乗るので口には出さないが。
思い出に耽っていると、縫い方が乱雑になってしまった。

ずるずると考えていると眠気が襲い、うとうととし始めて、針の動きが止まってしまう。まだ午後の三時。自分の指を針で少し痛むくらいに刺した。それでも襲う眠気に眠ってはいけないと、思うのにだんだん瞼が重くなって気持ちのいい闇に連れていかれる。
夜は寝る間もなく徹を探していた。夜の道がどんなに危険か忘れて、走りつづけた。行ったことのない道や、狭い路地、街中を、ずっと、ずっと。
それでも、会えなかった。


徹ちゃんは、遠くへいってしまった。いやだ、やだ、そんなのいやだ。行かないでくれ。やだ。ずっとここにいてくれ…。
はっと目を覚ますと、ベッドから飛び起きた。明かりがついているが、時計が指すのは午後の十一時で、辺りはひっそりとしている。机に向かっていたのにベッドに寝ている…。
しまったと、辺りを見渡すと敏夫がこちらを見ている。

「す、すみません…敏夫、先生…おれ…」
「いいんだよ、疲れてるんだろ。シャワーから出てきたら、苦しそうにやだやだって言ってたから心配したよ。」

そう言われ、閃光のように夢を思い出した。
徹ちゃんが知らない人と家に来て、さようならと言って馬車に乗って遠くへ行ってしまう。悲して嫌で嫌で、嫌だと馬車を追いかけてる夢だ。いやな夢だ。
早く帰ってきてほしい。苦しくてシーツを握ると敏夫が肩を叩いた。

「なぁ、夏野くん。親友がいなくて寂しいだろ。疲れてるみたいだし、夜遅いからうちに泊まってかねぇか?」
「え、あ…いや、俺、徹ちゃん探さないといけないんで、すみません…せっかくのお誘い、」
「ばかやろう!仕事中に寝てたくせになにぬかしてやがる。こういう時こそ早く寝るんだ。あとな、徹くんを探したいから今は早めに帰りたいって、相談すりゃよかったろうが。寝ろ、ばかやろ。ふん、決まりだ。うまいメシくわしてやるよ。」

反論しないうちに、夏野を軽々と横抱きをして階段を上る。敏夫の言うことは正しい。ここ数日、無茶をしすぎた。糸屑だらけの服をした夏野は恥ずかしくなって俯き、ありがとうございます、と小さく言った。この粗野で獣みたいな男が洋服の店をしているなんて想像もつかない。
階段の軋む音がしなくなると、いくつもドアがある廊下らしきところを進み、部屋につくと夏野は丁寧に下ろされ、部屋に見とれた。
二階は敏夫の部屋だと知っていたが、それが上流階級のような部屋だとは知らなかった。目の前にあるテーブルはただ木を組み合わせたものではなかったし、椅子は芸術品と思うくらい細かい模様があり、棚は高そうな陶器ばかりで、瞬きもせずに見とれる。
確かに店は繁盛しているが、これだけのものは儲けた金だけでは買えないだろう。敏夫はおそらく、貴族でそれもかなりいい家に違いない、夏野はそう思った。

「すごいですね。」
「まぁな。親が貴族だ。」
「親?先生は?」
「貴族に嵌まらない荒くれ者。」

ひとつ頷くと、突然ワイシャツを背中のほうをまっすぐに鋏で切られた。
驚き、その行動の理解がまったくできなくて、動揺していると目の前に鋏を突き出されて、硬直してしまう。敏夫はワイシャツを引っ張ると、自分の顔に近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。

「…………。」
「夏野くんじゃない匂いがするなぁ。徹くんか。着回しでもしているのか?」
「そうです。」
「脱げ。俺以外の奴の匂いはたまらん。」
「嫌です。」

鋏に目が刺さってしまわないよう、ゆっくりと静かに敏夫を見ると、背中を押され床に顔を打ち付けられる。叫び声をあげそうだった。顔の半分が痛いので手で押さえると鼻血が垂れた。
鼻から下の部分は血まみれの夏野に馬乗りをして、じょきじょきとワイシャツを切る鋏に、驚きは怒りへと変わっていった。徹と二人で大切にしていた洋服を勝手に切られて、怒らないほうが変だ。すぐにでもその尖んがったものを奪い取って突き付けたくなる衝動に駆られる。
敏夫はワイシャツを剥ぎ取ると、痩せっぽちの背中にぴったりくっついて、骨張っている体を撫で回す。肌は柔らかく、首筋にちゅ、とキスをすると夏野は小さく震えた。
背中は冷たい汗でびっしょり濡れている。恐れと、焦り。吐き気がした。これから何が起こるのか知っている。



裸にされると、敏夫は向き合って萎えていた性器を弄りむりやりたたせる。開こうとしない唇を噛まれ、痛みに開いた口に舌を入れると、血の生臭い味がする。なんとか抜け出そうとするが、大人のがっしりした体には無駄な抵抗だった。それでも諦めず今度は舌を噛んだ。
敏夫は痛さに呻いた。前髪を掴まれ顔を上に向かせるように引っ張り、舌をだらりと出したまま激しい憎悪の目を向けてくる。殺してやる、目でそう言っている。
何故、こんなことになってしまったのかわからない。

慣らすのが面倒なのか、腰をぐっと掴み、いきなり遠慮なく下半身を貫いてきたが、すんなり入った事に敏夫は違和感を覚えた。しかし、今、そんな事を考えるのは億劫で、奥まで入れる。
敏夫の服は白濁で汚れた。何度も出し入れをしていると、くちゅ、じゅくと音がする。

「あっあ、あ……や、やだ、いやだ、あう…やだ」
「……うるせぇな。」

夏野は何度もいやだと言って頭を振った。三度くらい白濁を吐き出したので、体がべたべたと汚れている。構いもせず腰を振っていた敏夫が、ぶる、と震えて同時に夏野も白濁を吐き出した。
脚を広げ、性器からも、穴からも液を垂れ流しているので、みっともない格好になった。
その格好を見ていると、敏夫のひとつの疑問が解決する。
入れる時に泣いて嫌がると思っていたが、痛がりもしなかった、血もでなかった、気持ち良さそうにしていた、……つまり、―――既に男の誰かとセックスした事がある。
荒い息をする夏野の頬を叩いた。

「くそ!お前は汚れている!」
「はあっ、はあ、ああ…、……はぁ……。」
「経験済みだと?ふざけんじゃねえ!どっかで簡単に脚を開いてんのか!?」
「あ……ちが……う。」

血と涎が垂れた口で、力無く言った。敏夫はカッとなりまた頬を叩く。
敏夫は優しく抱いてやろうなど、思っていない。ただ、いつも無口な口を、開かせて愛撫される声が聞きたかったたけだった。夏野だから、やってみたかった。
はっきり言って、敏夫は徹が好きでない。もう大人だというのに、働かないで遊んでばかり。なぜそんなで夏野が一緒に暮らしているのかわからなかった。敏夫なら、飯も、服も、金も、なんでももっている。夏野を養ってやれる。
一緒に住まないかと、何度か冗談めかして誘ってみたが、夏野は頷かないので、面白くない。何故、怠惰な人間がいいのか。
敏夫は徹に嫉妬していた。仕事中に寝てしまったのはいなくなった徹を探したせいだし、集中できず身が入らないのも徹のせい。
すんなりと挿入できたのも、…と思うと、怒りが爆発しそうになる。
夏野は余韻に浸っているのか、ぼんやりと敏夫を見上げた。




8/7 加筆







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -