言葉というものは甘くて苦くて時に残酷であると志摩は思う。
眼前にいる燐とは数分前まで恋人だったのだが、不意を突くように別れを告げられたのだ。
燐は迷う事なく淡々と簡潔に話していく。

「だから俺とお前、友達に戻ろうぜ」

その言葉を聞いた瞬間、全身の血が引いていくような否、比喩ではなく本当に引いた。
くらり、と目眩がして膝が折れそうになったが燐が腕を掴み上げたお陰で倒れずにすんだ。

「な、何でいきなり、そないな事言うん?俺の気に食わん所があったら言うて、直すさかい」

「…違う、志摩は悪くない」

寧ろ悪いのは俺の方だ、と燐は呟いた。
頬を撫でる風が痛いほど冷たく感じた。
ここ最近はめっきりと秋らしくなり、寒くなりはじめてきた。
街の街路樹も赤色や黄色に染まりその道を燐と歩くのを楽しみにしていたのに、と志摩は思う。
落ち葉を踏むとさくさくさくと鳴る音を聞いて、そんな些細な事が幸せだったのにな。
何故だろう、長時間、外にいるせいか指先の感覚がない。


「いやや。奥村くんとは離れなくない」

子供みたく駄々をこねるつもりは毛頭もないが、今は燐に言い返せる言葉はこれしか思い浮かばなかったのだ。
女々しいとは男の為にある言葉だと以前、雑誌に書いてあったが、まさにぴったりの言葉だと思う。志摩のすがるような瞳とは裏腹に燐の瞳には迷いはなく、既に決意をしているようにも見えた。

「俺って悪魔だしよ…いつまで志摩と一緒に居られるか、わかんねえじゃん」

悪魔、その言葉を聞く度に現実に目を背けたくなる。
燐が悪魔であるのは事実である。人間以上の治癒力と生命力を持つ悪魔はきっと永く永く生きる事になるだろう。
それに比べ志摩は人間だ。
いつか命の旅が燐よりも先に終わる時もくるだろう。
燐はきっと泣くはずだ。
悪魔である己の身を呪いそうで心配だと志摩は思った。

「奥村くんらしいわなぁ…」

人が傷付くくらいなら自分が傷付いた方がましだと思えるのだろう。悪魔だから痛くないなど、と言って。
きっと燐だって必死に悩んだのであろう。
それに比べ、自分はへらへらと笑ってばかりで燐の事を何一つ理解してやれなかった。
今、思うと自分は彼に何かしてあげれただろうか。
考えれば考えるほど、何もない事が判明してくる。
燐の事を考えてやれない自分なんて恋人として失格だ。


「…わかった。お友達に戻ろか」「――し、ま…」


互いにの為にも綺麗に別れるのが一番だ。
最後くらい格好いい自分を見てほしかったのに涙が邪魔をした。
男のくせに泣くんじゃねぇよ、と燐に言われるかと思ったら相手も泣いていて。
ああ、なんだ、同じじゃないか。視界が霞む。
君の姿が見えなくなるのが辛かった。
最後の思い出として彼に触れたくて志摩は燐の肩を抱き、肩口に顔を埋めた。

「…奥村くん、大好きやった」

うんん、今も大好きや。

「俺もっ…志摩が大好き、っだったよ…」

おおきに。


明日からは友達に戻る。
こうして二人でいることもなくなるのだろう。
ぎゅ、と心臓を直接、掴まれたように痛い。

「…志摩」
「何や?奥村くん」
「また…明日な」

燐はにかり、と白い歯を見せて笑った。
自分には真似の出来ない、ひだまりのような笑顔だ。
燐はくるり、と華麗に踵を返して去っていく。
ざくざくざく、と落ち葉が踏まれる音はいつまでも耳に残っていた。

「また明日な…か」

ふ、と空を見上げると透き通るような青が広がっていた。
君の炎と同じ色だ、なんて考えながら志摩も歩き出す。

(君に出会えて恋ができて愛が知れて俺は、きっと世界一の幸せもんやな)



泣くな少年
title ごめんねママ

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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