一人寂しく自分の部屋でお酒をちびちび飲んでいた私に、突然ぴーんぽーんという呼び鈴が聞こえてきた。
こんな時間に誰だコノヤロー。たった今一人酒で酔いしれてるとこなんだよバカヤロー。
と。まあ、すでに若干酔いつつも玄関のドアを開けたわけですが。
「マイハニー! この僕ちんの粉々に砕け散ったブロークンハートを慰めておくれ!」
ドアを開けた瞬間。私に勢い良く抱き着いて来て、そのまま私の部屋に靴も脱がずにズカズカと無断で上がり込んでいく、泥酔野郎。
ああ、酒くさい。
「ちょ、どうしたの!?」
「んおー! 俺様の為にこんなに酒を用意してくれたのか!良くやったぞ。さっすが我が下部!」
「なにキャラよ、ソレ。そして私はマイハニーで下部なのか。亭主関白にも程があるだろ!!」
コイツのせいで、折角の酔いが醒めてきた。
最悪だ。サークルでの失敗とかその所為で先輩にグチグチ嫌味を言われたこととか最近好きだったアイドルに熱愛報道が出たこととか講義での説教とか。嫌なこと全部忘れたかったのに。
……って、それはコイツも一緒なのか。
つい先程、親友から『修也くんと別れちゃったーえへへー』などという報告の電話を受けた。
修也くん、というのがコイツであり。つまり、コイツは先程彼女と別れたという事になる。
だからといって、彼女の親友の家にいきなり押し掛けるというのもどうかと思うが。
修也を彼女に紹介したのは私であり、修也の唯一の女友達なのも私であるのだ。まあ、仕方ないのかもしれない。
「これ、もらーずぉー!」
私の飲みかけのチューハイに手を伸ばす修也。
目はとろんとしてるし、頬は桃色に染まってるし、呂律が上手く回っていないし。
すでに、ベロンベロンだ。
「駄目。あんた酒弱いんでしょ!」
「けちー。けちけち、けちんぼミヤコぴょん」
「誰がミヤコぴょん、よ……」
はあ、と溜め息一つ。
どんな別れ方したの、親友よ。あなた私に「結構清々しく別れられたから大丈夫だったよー」とかどうとか笑って言ってませんでしたか。
これのどこが大丈夫なの。
「みーやーこー!」
「なに……!?」
途端。
ぎゅううっと修也の程好く筋肉のついた腕に抱き締められた。
「しゅ――」
「ねえ美耶子。俺、失恋した。」
少し鼻声なのは、泣いているからなのか、風邪をひいてしまったからなのか。抱き締められている所為で、修也の表情がよくわからない。
そっと、修也の背中に手を回す。そして両手でその大きな背中を擦ってあげた。
「美耶子。」
「うん」
「俺、結構優しくしてた」
「うん」
「俺、我が儘とかめっちゃ聞いた」
「うん」
「俺、超好きだった」
知ってるよ。
だって、あんたは優柔不断で面倒臭がりで頑固で子供っぽくて馬鹿丸出しで何にも考えてなくて。
そんなあんたも、彼女の隣にいる時だけは大人っぽくて格好良くみえたんだよ。本当に。
「修也は、頑張ってたよ」
これだけは伝えたかった。ただあんた達が運命の相手じゃなかった、それだけのこと。私はそう思う。なにも修也だけが悪いんじゃない。
「美耶子、俺もう無理かも。」
甘い修也の吐息が耳にかかってこそばゆい。くっついている肌から体温が上昇していく。
修也は、抱き締めていた腕を緩めたので、ようやく修也の表情が伺えた。
「しゅう、や」
今にも壊れてしまいそうに儚い君から目を逸らせなくなったのは、この気持ちは、
一体何なのか。
瞬きモーメント
HP : amare / 藍澤れつ
蝶々くらべ様 提出