穴が、開いていた。
左耳の軟骨に一つ、小さな赤い色のピアスがきらりと光る。
「それ、」
“それ、いつ開けたの?”そう聞きかけた言葉を口に出さずに、唾と一緒に喉の奥に流し込んだ。
「なんか言った?」
「え、あ、ううん。」
不思議そうに顔を覗き込んできた忍に、曖昧な言葉と共に首を横に振った私。
右隣を歩く忍の横顔を盗み見ればやっぱり目に止まる、赤いそれ。
その耳にかかる、丁寧にセットされた柔らかいミルクティー色の髪。
すると、じっと見続けていた私の視線を感じた忍は、にいっと笑って自分の耳に触れる。
「あ、気付いた?」
こくり、頷く。
それに伴って、私の黒くて長い髪がさらりと揺れた。
「痛くないの?」
「んー、全然」
私も自分の耳に触れた。
穴は開いていない。
「なに、開けたいの?」
もの珍しげな忍。そんな忍に、私はまさか。と笑った。
そう。まさか。私がピアスなんて。開けるわけがない。開けられるわけがない。
「私には、開ける意味がわかんない」
私の発した、はっ、と相手を馬鹿にしたような渇いた笑みが耳に入る。
なんでだろう。
否定するような事を言うつもりなわけじゃなかったのに。
「格好良いね」って普通に笑って言えたら良かったのに。
なんでだろう。
「別に、真由にはわからなくてもいんじゃねーの?」
少し苛立ちが籠った忍の言葉を、私の心臓がいち速く感じ取った。
あー、まただ。
最近、心臓の奥がぐにゃりと気持ち悪くなるときがある。
中学を卒業した次の日、忍の髪はミルクティー色に染まっていた。
高校に入学した次の日、忍の耳に赤いピアスがついてた。
中学を卒業した次の日、私の髪は黒と違う何色にも染まっていなかった。
高校に入学した次の日、私の耳に何の色のピアスもついていなかった。
君は行く、何処か違う世界へと
じわじわと離れていく忍。
イライラが募っていく私。
HP : 赤いお部屋 / れッと
ゆびさき に きす様 提出