さらさらな黒色の髪に少し隠れ気味な切れ長の目、筋の通った鼻に薄くて形の良い唇、背が高くてスラリと長い手足。
すれ違う誰もが振り向く、端正な顔立ちのその男。
綺麗とは、まさにその男の為にある言葉なんじゃないか、とさえ思える程だった。
「怜くん」
まさか。
「なに?」
まさか。そんな、女なら一度は憧れる王子様のような人と、私が付き合っているなんて。
一年も過ぎた今日でさえ、信じられない。
「……あ、いや、なんでもない」
「そうか。」
ただ、付き合ってはいても、好かれているかは定かではないのだけれど。
そう思う理由は、ふたつ。
ひとつは、最初に「好き」だと言ったのは私で、怜くんは一度もそんな言葉をくれたことがないから。
もうひとつは、こうして一緒に歩いている今も、腕を組むことは愚か手を繋ぐことすらもないから。
勿論、抱き締められたこともキスもない。
(本当に、なんで私と一年も付き合ってくれてるの?)
一歩後ろを歩きながら、怜くんの背中に声を出さずに問い掛ける。
声を出していないから、怜くんの耳に届くわけもないけれど。
出掛けるぞ。昨日の別れ際にその一言だけ言われた。
一年の記念日だからなんだと勝手に解釈して期待していたのに、なんにも言われないまま、もう6時。
(記念日なんて、怜くんが覚えてるわけ……)
「って、わ、ごめん……!」
一歩前を歩いていた怜くんが突然立ち止まったから、私は彼に激突してしまった。
「いや。」
私の顔を見ずに、どこか遠くにぼーっと視線を向ける。いつものことだから気にはしないけれど。
私はそんな怜くんの整った綺麗な横顔に視線を向ける。これもいつものことだから気にされていないはず。
「おい。」
「ふぁい?」
やば、変な声出ちゃった。と内心そわそわしていると
「わ!」
目の前に出された握り拳。
鼻先すれすれにある怜くんの手。近すぎてぼやけて見える。
「えと……、」
その拳が、何を表すのか何を意味するのか。唐突すぎて私には全然わからなかった。
すると。
「あ」
握り拳がゆっくりと開かれて、怜くんの細くて長い指の間からシルバーが見えてきた。
「やる」
「わ、私に?」
「……、いらなかったら別にいい」
「いりますいまります欲しいです!!」
大声でそう言うと、ふっと綺麗に笑われた。
そして、ぶっきらぼうに私の手を取り左手の薬指に、そのシルバーの指輪を嵌めてくれた怜くん。
「怜くんは私のこと好きじゃないんだと思ってた……」
「……はあ?」
心底意味がわからないとでも言いそうな表情が伺えた。
「だって、」
「なんだよ。」
「……いや、なんでもない」
手を繋ぎたい抱き締められたいキスしたいだとか思ってるなんて。
なんだか、恥ずかしくなってきた。
「なんだよ」
「別になんでもないです」
「はあ?」
綺麗な顔が歪んでいく。
面倒くさそうに眉を寄せた怜くんは、少し怒っていらっしゃる様子。
「だだだ、だって、一緒に歩いてて手も繋がないし抱き締めてもくれないし、それに……、キスも、しないし……」
言っちゃった。と真っ赤であろう顔を隠すように手のひらで顔を覆う。
指の隙間から見えた怜くんが、こほん、と咳払いをひとつした。
そして
「……………………、好きだ。」
今さら言うなんて
そう呟いた私より更に赤い顔の怜くんの顔が近づいてきたかと思うと、「うるさい」と口を塞がれた。
title:コランダム
110924