つづくしあわせ

「香宮 火芽。」
「はい。」

そこそこ響く声で返事をした私は、その場に立ち上がって一礼する。
目の前に見えるのはこの大学の理事長、いま名前を呼ばれているのは卒業証書を授与される生徒たち。
今日は大事な節目の日、私たちの卒業式だ。
短いようで長く、長かったようであっという間だった学生生活も、もう今日で終わり。私とイタチくんは明日から住み慣れたアパートを離れて就職先の会社がある街へと引っ越すことになる。

胸元についた赤い花、歩きにくい袴、斜め前にいるスーツ姿の彼、壇上に飾られた大きな校章、流れる校歌、この体育館、それら全てが私の涙腺を刺激した。
大学なんて、所詮社会人になるための通過点だと思っていた。今の時代、大卒なんて肩書きは当たり前だと思っていたし、私も、まわりも。
でも、実際はただそれだけじゃなかった。
私が想像していた以上のことを思い出としてプレゼントしてくれたのは大学そのものでは勿論なかったけれど、でもそう思えるほどに私の大学生活は楽しかったし、全てが経験になった。
この大学へ進学してよかったと、心から思えるようになった。
それはきっと、私自身の大事な大事な財産だから。

「どうした、そんなに大学を出るのが淋しいのか?」
「…違う」
「ん?」
「ちょっと…思い出しただけ。」
「あんまり泣くと折角の化粧が台無しだぞ。」

そう言ってハンカチを差し出す彼にまた涙をこぼしながら、私はそれを受け取り目頭にあてる。
ありがとう、ありがとう。

「今日は…まっすぐ帰るか。」

気を使ってくれた彼に甘え、私は頷いて助手席に乗り込んだ。
ギアを動かす彼の綺麗な手を横目に、大学を卒業してもこんな日常はきっと変わらないんだろうなあ、なんて考えながら目頭が熱くなっているあたり、今日はもう涙腺が壊れてしまってるらしい。

いつもどおり私のアパートについて、彼は私が乗っている助手席のドアを開ける。

「ありがとう。」
「冷えたから、紅茶が飲みたい。先に行ってお湯を沸かしておいてくれないか」
「あ、うん、すぐ淹れるね。」

珍しい。でも、確かに体育館の中は冷え切っていたし、私も温かい飲み物が欲しいと思っていたし、ちょうどいいか。
いつもなら、彼が駐車場に車を入れるのを階段の下で待っていたけれど、そう言うならばそうしよう。
私は彼に言われたとおり、イタチくんを待たずに玄関の鍵を開け、電気ケトルに水を入れてスイッチを押した。きっと5分も経たないうちに沸くだろうから、茶葉の用意もしようか。ああ、彼はなにが飲みたいって思ったんだろう、そこまでちゃんと聞いてくれば良かったかも、そう思いながらおもむろに玄関の方へ振り返った、時だった。

「…え…?」

大きな大きな花束を抱えた彼が入ってきたのは。
後輩たちにもらったものとは全く別の、赤い薔薇のそれは、私が今日見たことのないもので。

「…成り行きには…したくなかったんだ、」
「イタチくん…?」
「卒業おめでとう、とは別のこと、なんだが。」
「…」
「明日からは、本当に2人きりで…しかも、同じ場所で暮らしていくこと…選んでくれて、本当にありがとう。」
「そんな、こちらこそ、」
「俺は至らないところばかりだが、これからも…よろしくお願いします。」

そう言って深く頭を下げて、彼は私に花束を差し出した。
私だって、いや、私のほうが何倍も、何十倍も、至らないところなんて山ほどあるし、出来たもんじゃないと思ってる。でも、そんな私をこの数年見てきて、それでも私と一緒に居てくれると言うなら。こんなに嬉しいことはないと素直に思う。

「ありがとう、本当に…本当に、私の方こそ…よろしくお願いします。」

震える手で花束を受け取った私を花束ごと抱きしめて、落とされたキスは少ししょっぱくて、薔薇の香りがした。
ケトルのお湯はちょっと前に沸いていて、でもそんなことどうでもよくて、少し照れくさそうに言った「プロポーズは今後またちゃんとするつもりだ」って言葉に、私はまた泣いた。





「このアパート引き払うの、少し寂しいね。」
「また新しいところで新しい思い出を作っていけばいいだろう?次の物件はカウンターキッチンだぞ」
「うん…そうだね。」
「カカシ先輩の会社も近いし、すぐにみんな集まれるだろうし。」
「また…一緒に花火したいね。」
「…2人で初めて出会ったとき…一緒にした花火、覚えてるか?」
「もちろん、」

「「線香花火」」

「火芽のこと…幸せにするから。」
「私だけじゃなくて…イタチくんも一緒に、ね。」
「…そうだな。」







(これからも、ずっと。)




2014/07/13
朱々


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