突き動く衝動と恋情


「そう言えば、名はなんと言う?」
「…火芽と…申しんす…」
「火芽…?」


あれから数刻が過ぎ、すっかり泣き疲れてしまった私は、未だ私を抱き締めたままでいる彼に身体を預け、うつらうつらしていた。そんな私の髪を黙って撫で付ける彼の手が優しい。あぁ、彼のような殿方が恋人であったら、さぞ楽しい人生なんだろう。強くて優しい、そして容姿も素敵、文句なしだ。

「…今のは本心か、」
「え?」
「い、今の…俺が恋人であったら、と言うのは、」

はっと口許をおさえて彼の顔を見上げる。少し顔を赤くしている辺り、本当に口から言の葉が漏れてしまっていたのだろう。目をそらして全く別の話題を持ち込もうかと思ったけれど、できやしない。こんな真っ直ぐな彼に、そんなことしたくない。私は彼の服をきゅっと握って声を絞り出す。

「心から…思っていることでありんす、」
「…火芽」
「なんでありんしょ、」

目の前に映るのは、長く繊細なまつ毛を伏せた瞼。唇に触れる柔らかいものはきっと、彼の其れで。少し長い間触れ合っていたそこは、多少の名残惜しさを残してゆっくりと離れる。はぁ、と息を吐いて見上げた彼の顔は先程より随分大人びて色気すら帯びていた。でも、心なしか苦しそうで、左手を彼の頬に宛がおうとしたとき、腕を捕まれて動きが止まる。

「煽るな…これ以上はよくない」
「…どうして、」
「触れられたら…歯止めが効かなくなる」

その台詞で気付く、さきの言葉の意味を。彼の呼吸が乱れているわけを。この胸の苦しさを。自らの単純さを。
好きでもない知らぬ男に抱かれるのが宿命なら、せめて初めてくらいは、自分が選んだ人としたい。余裕なさげに耐えている彼を見て、その思いは強くなり、鼓動は速度を増した。私から迫ったら、彼ははしたないと思うだろうか。所詮は遊女なんだと苦笑するだろうか。でも、それならそれでも良かった。

「その歯止めを外したら…主様は如何いたしんしょう?」

捕まれている手をそのまま彼の頬に宛がったと同時に再度重なる唇。ねだるように首に腕を回せば、抱き締められて身体の芯が熱く火照る。ゆっくりと帯を解いた彼に「隣の部屋に床が、」と囁けば軽々と抱き上げられて、更に高鳴る胸。打掛を優しく剥ぎ取られ衝立の奥の布団に横たわり、深く口付ければしたこともないのに自然と絡み合う舌。はだけた着物の間から乳頭を吸われればその快感に身体は跳ね、喉が鳴った。今まで、これも勉強のうちだからと姐様の床入りを襖の隙間から見させられたことがあったけれど、あの行為が実際こんなに善いものだったとは検討もつかず。そうこうしているうち両足を割って蜜口へ触れた彼の指に、言葉にできぬほどの波がぞくぞくと背を走った。指が割れ目を行き来する度に視界がちかちかと光って何も考えられなくなる。

「…思ったよりも濡れている、」
「そ、そんなこと、言わ、んでおくんなし、」
「可愛いと言う意味だ」

彼の言葉にときめいたのも束の間、そのあと襲った身体を突き刺すような激痛に、私は思わず布団を強く握りしめた。見上げると、彼が心配そうに私を見遣る。これが姐様から教わった処女を失う痛み、そう悟った私は何も言わず首を縦に振った。さっきの快感だって、この痛みだって、他の男ではなく彼からのものなのだから、いとわない。そんな私の意を汲んでか、彼も心を決めたかのように蜜口へ男根を押し入れる。

「はあ、っく!」
「…痛むか?」
「大丈夫…主様、続けておくんなし、あぁ!」

ぎちぎちと狭い膣壁を開き入ってきた男根はやがて私の中を満たした。それでも未だ鎮まらない痛みに顔を歪めながら、私は彼の背を抱く。彼のものを初めてこの身体で受け入れた証、そう思ったら不思議と嬉しさのほうが勝った。動くぞ、そう呟いた彼に頷き、また布団を握る。痛みはあれど、身体の奥は疼く。彼が私の身体で感じている、今、彼と繋がっている、その事実こそが最大の媚薬となり感覚を犯した。

「う、出る…っ」
「主様、接吻を…!」

両手を伸ばし顔を引き寄せて交わした口付け。びくびくと脈打つ男根を中で感じながら、舌を絡ませあう。口を離したあと、酸素を求めて浅い呼吸を繰り返す私の耳許で彼が「好きだ」と呟いたのを、私は聞き逃さなかった。でも、返せなかった。私も好きだと返してしまったら、彼をこの籠に縛り付けてしまうことになるかもしれない。これから先、他の男の相手をしなければいけない立場の私に、そんなことをする勇気はなかった。

「…痛かっただろう、血が出ている」

ずる、と引き抜かれた男根の先から、栓をなくした蜜口から、鮮やかな血液が数滴したたる。私を気遣い気まずそうに髪を撫でる彼の気持ちをよそに胸へ飛びつくと、躊躇いがちに私の背に回される両腕。

「初めてが主様というだけで、わっちは心から幸せでありんす。」
「…初めて?」
「?はい。」
「てっきり…慣れているのかとばかり」
「わっちはまだ遊女の見習い、床入りはまだでござんした…不慣れなゆえご迷惑を、」

突然強く絞まった彼の両腕に驚きながら、囁かれた言葉に頬を緩める。

「嬉しい。俺も…初めてだったから、」
「え…?それは…まことで…?」
「下手だっただろう?」
「そんなことありんせん!主様のお気持ちが伝わってきんした…」

くっと顎を持たれ上を向けば、私を見おろす綺麗なお顔。そんな彼に見とれながら、私は眠るようにゆっくり瞼を落とす。落ちる瞼を追うように降りてきた彼の唇が、また、私の唇とふわり重なった。



(20130628)


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