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▼涙が溢れるくらいには

(※もしもイタチが生きていたら)



「具合はどう?」

頬をひとなですれば、目の前の人物は目を細めて微笑んだ、ように見えた。
その眼は光をほとんど通さず、その瞳は多分私を捉えてはいないだろう。もはや気休め程度の目薬を1滴垂らしてから背に腕を回せばゆっくりと起きる上体。朝食の有無を聞けばまだいらないと首を横に振った。

「今日出かけようと思うんだけど、いい?」
「遠慮せず行ってくるといい」
「違うの、あなたも一緒よ。いい?」

再度問いかければ、答えを迷う口許。
きっと私に迷惑がかかるとか、見えないが故の恐怖心とか、その他もろもろ思うところはあるんだろう。そう察した私も答えは急かさなかった。今、彼の仕事はほとんど内勤の暗号解読や書類手続きの類、外出は週に1度あるかないかで、そんな彼を支えるために私も仕事や外出は最低限の生活をもう何年もしている。
もし出かけられるなら17時頃に出るからね、と伝えると、とりあえずはこくりと頷いた。答えはそれまでに聞ければいい。

「最近…身体がなまってきた気がする」
「最後に手合わせしたのは先月だったっけ?でも筋トレはしてるでしょう」
「これが歳ってやつかな」
「ふふ、また今度修練場に行こうか」
「ああ」

腕を引かれるがままにベッド脇に寄れば、捲られた布団に笑いながら潜り込む。
ぎゅうと抱きつくと同じように返ってきて、緩む口角。ずっと休日だったらいいのにな、そう零すと柔らかな唇が額に降った。鼻筋を通って、唇にも。なんだか今日は一段と甘えたな気がするなあ。

「…なまえ」
「ん?」
「振り回して、すまない」
「な、にを、」
「あの時里の任務を受けたことも、木ノ葉を抜けたことも、暁に入ったことも、…今、こうして」
「いいから。まだ言ってるの?あの時はああするしかなくて、あの時はそれが最善で、それでも私たちはその時の精一杯でやってきたでしょ。」

まあ強いて言うなら、もっと早く言ってくれてたらその眼は今よりもう少し善くなっていたかもしれないけど。そう茶化しながら、彼の髪をくいと引っ張る。
彼は光を失う毎に少しずつ消極的になっていった。無理のないことだとは思うし私がそれで心変わりなどすることはないけれど、その心労を折半できないのが辛かった。彼の中だけで闇がじわじわと広がって、一番辛いのは彼で、私に出来ることは気持ちをなるべく言葉で伝えることと、投薬と診療、祈祷くらいだ。少なからず反応があるとは言え、実際に見えているか見えていないか、その程度なんてものは本人でないと100%は分からない。イタチが見えていないなら見えていないし、見えているなら見えているのだ。どのくらい見えていないのか、も、伝聞でしか分からない。ただ、しばらく目線が合わないなと感じているくらいには見えていないと言うことは解っている。
つまり、そういうことだ。

「大好きだよ、イタチ。小さい頃からずっと。私はこれからも一緒にいたいよ」
「俺は時々、…無理をさせて、こうして」
「イタチ!不安なの分かるけど、それ言われたら私だって不安になるよ。私じゃだめ?全然伝わってない?」
「…すまない」
「…謝らないで、そもそも私の腕が…もっとあれば」
「綱手様を超えていると認められてるくらいだ、劣っているとは思っていない。…ただ、」
「ただ?」
「俺のせいで…普通の生活をできなくさせてしまっているんじゃないかと」
「また、そういう…!」
「違うんだ、そう思っていても、俺はそれでもなまえを手放せるほど大人には…なれなくて…はは、なんだか惨めだな」

力なく振り上げた拳は、ぼすんと彼の顔の横に落ちた。

「惨めだなんて…言わないでよ」

数ヶ月に1回はこんな会話をして、その度にお互いに慰め合って、気持ちを確かめ合って。
こうすることで少しでも私の気持ちが伝わってくれれば、彼の気持ちが落ち着いてくれれば、私はそれでいい。ただ、どうも腑に落ちていないような顔をするイタチの本心が分からない。なにか本当に言いたいことを胸の奥に閉じ込めているような、まあ、私のただの勘に過ぎないのだけど。

「俺は…貪欲なんだ。幸せになってほしいが、その幸せの片隅に俺もいたらいいなと欲が出る。あわよくば、もっと、と…どうしようもないな」
「一緒に幸せになればいいでしょ。今まで散々サスケのためだけに生きてきたんだから反動よ、反動」
「…」
「そろそろあなたが幸せになる番でしょう」

それでも遅すぎると思うけどね!
悪態をつくようにそう言えば、彼は驚いたような表情で固まった。瞬間、ぼろぼろと溢れ出した涙にハッと息を呑む。自分の幸せなんて今まで考えてこなさ過ぎて、「自分が幸せになりたい」という発想すらなかったのか。片隅にいられたら、なんて控えめな表現で誤魔化して。

「バカじゃないの…イタチが幸せじゃなきゃ、私も幸せになれないよ…イタチだってそうでしょう…?」
「ごめん…ごめん、」

苦しいほどに私を抱き締めて、嗚咽を漏らして泣いて泣いて、ここまで彼が弱っているのは初めてだなと思いながら、私も泣いた。
平和になったらなったで不安に駆られるなんてまさに幸せ恐怖症のようじゃないか。

「こんな自分がどうしようもなく強欲な人間に思えて…そんな自分が嫌で…昔はもっと冷静だったはずなのに」
「いいじゃない、私だって強欲だよ。イタチとずっと一緒にいたいと思うもの」
「…」
「それとも、イタチの目がちょっと不自由になったくらいで離れていくほど私の愛が薄情なものだと思ってたってこと?まさかね?」
「…そうじゃなくて、でも、そのせいで迷惑を、」
「その“迷惑”さえ幸せって分からない?迷惑だなんてそもそも思っていないけど、その言葉で例えるならイタチから迷惑かけられてるのは私で、それが私の幸せなんだからいいでしょ」

それとも、イタチはほかの女にも同じことするわけ?

軽く布団を蹴飛ばすと慌てて腰にしがみつく腕。もぞもぞと潜り込まされた布団に包まって暫く経った後、彼は「やはり俺は強欲だ」、とぽつり呟いた。
夕飯のリクエストすらろくにしてこないくせに、なにが強欲なんだか。と口には出さないけれど、私は彼が強欲だなんてこれっぽっちも思っていないし思ったこともない。
彼が言うには、一緒に居たいという願望が叶ったら、次は一緒にしたいことが増えてしまって、…そんな具合に願望が積み重なっていくのがとても怖いんだと。なんだ、これは本当に幸せ恐怖症なのかと思うほどになんとも可哀想な思考回路。
逆に前までのサスケに対する想いの方がだいぶ強欲だったんじゃないかなと思い浮かんだけど、まあ、これも口には出さないでおこう。彼の信念は否定しない。

涙で赤らんだ顔色が戻った頃、イタチが至極申し訳なさそうな顔を肩に埋めた。
どうしたのかと問うても、なかなか言葉を発さない。
痺れを切らして顔を引き上げようかと思ったとき、腰に回されていた腕がきゅっと締まった。

「なまえ、が、もし本当に、今日言ったように迷惑ではないのなら、」
「うん」
「俺がこの状況で、大変なことが沢山あるだろうけれど、俺なりに考えて、いて、」
「…うん、」
「子供が…欲しいなと、思った」

時計の秒針の音が、うるさい。
予想外過ぎて予想していたことが全部吹っ飛んで空っぽになった。
まさか、そんな、子供だなんて、え、

「だから…結婚してくれませんか」
「イ、タチ、」
「一緒にいて面倒見てもらうのが当たり前で、ちゃんとした形を取っていなかったなと気づいて。本当に申し訳ないことをしていた」
「っ、ううん」
「勝手に、この関係が夫婦みたいだなと感じていて…気づいたら、子供が増えれば、もっと…いい形になるかなと」

話の流れも、自分が言ってることの順番もおかしいし、子供は実際今すぐなんて思ってないけれど、ゆくゆくはなまえとの子供が欲しいなと考えたら、ちゃんと一緒になりたくて。そんなことを恥じらいながらもつらつらと話す彼に頷きを返す。
少しずつ動き出した脳が「これはプロポーズだ」とようやく弾き出した。

「2人で一緒に、幸せになろうね」
「…ああ」

目の前には幸せそうな顔。
よかった。私が言ったことはちゃんと伝わったようだ。私たちは一方的な関係なんかじゃなくて、持ちつ持たれつだから。
にやけそうになる顔を必死に抑えて胸に飛びつけば、また唇が降った。

「今日はイタチの誕生日なのに、なんだか私のほうがサプライズもらっちゃったね」
「やっぱりなまえは笑顔が一番可愛い。」
「…え?見えてるの?」


涙が溢れるくらいには

(そう言えば夜はどこに行くんだ?)
(サスケ宅にご招待されてるんだよ)


20170611
少し遅れてしまいましたが、誕生日おめでとう。

   

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