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▼紫蘭

ざあ、

強い風が私の髪を弄んでは通り過ぎていく。
外に干したままの洗濯物が飛んでいないかな、なんて思いながら、それでもまだ帰る気にはならなかった。
ここはいつ来ても静かで、なんだか落ち着く気持ちになれる。持ってきた花を置いて両手を合わせ目をつぶれば、その時だけ静寂に包まれたような感覚。ねえ、そこから見てる?と言っても、別に私はオカルト信者なんかじゃないけれど。
数十秒後にゆっくり目を開けて、ああここは現実だな、と思う。おかしいことを言っているように聞こえるかもしれないが、正直に言ってしまえば私は現実に居たくなかったのかもしれないし、過去に戻りたいのかもしれない。その思いはとても曖昧で、とにかくそんな風にはっきりとした言葉では言い表せないもやもやが常に心の中を渦巻いている。
整理してみると、やっぱりそれはおかしいことなのだろうか。

「なまえ姉さん、まだ手を合わせてるね」
「いいんだ、好きにさせてやれ」
「父さんはいいの?」
「俺はいい…ここに来ただけで充分だ」

後ろに立つ2人の会話を聞きながら、そこから立ち上がる。
時を忘れてついぼうっとしてしまった。ここに来るといつもそうだ。
まだ幼い姪っ子に悪いことをしたなと思いつつ、いや、でも。これは、私が生きていく上で一番大事なことだから。

「待たせてごめんね」
「ああ」
「ねえねえ、なまえ姉さんはどうしてそんなに長いあいだあそこにいるの?」
「んー、…ほんとうは、離れたくなかったから…なんだかあそこに行くと、いつまでも居たくなっちゃうんだよね…」
「…ふーん?」
「だから1人で来させないようにこうして俺たちがいる」
「あ、やっぱりそういうことだったの…」
「3日も帰ってこないとか何考えてんだ、任務は山ほどあるんだぞ…しっかりしろ」
「はい…すいません」

姪っ子と手をつなぎ、帰路へと足を向ける。
伸びた影がゆらゆらと動くのを見て、なぜか目の奥がきゅっと締まるような感覚。
なんで、彼の前では泣かないとあれほど決めたのに。

「ねえ…サスケ」
「なんだ」
「私にも子供がいたら…今頃サラダたちくらいだったかなあ」
「どうだろうな…案外、子供はまだいなかったかもな」
「どうして?」
「兄さんは俺の前でさえなまえを独占したがってたから」
「…ははっ、そっか」

私、ちゃんと愛されていたんだなあ。

大切な人が居なくなって数年も経つと、離れた相手との思い出も、記憶も、少しずつ風化していって、届かない遠くへ行ってしまって、忘れたくなくたってどうしたって薄れてしまう。そういうものだからと、半ば諦めていた。
ただ、せめて私にとって彼が大切な存在なんだという事実だけが残っていれば、私が彼の存在があったことを覚えていればそれでいいと妥協してしまっていた。
でも違った。
そもそも、私の中で彼への気持ちが薄まっているなんてことは全くなかったんだ。
私の中で彼との思い出が生きていることに変わりはないし、同じようにサスケの中で彼との思い出もまだ生きているんだろう。
なんというか、私以外の人間の心の中にもまだ強く根付いている、それが無性に嬉しかった。

「あ、父さん泣かした!」
「は?え、違っ」
「うわーん」
「こうなったら甘栗甘のお団子食べにいかないと!」
「なんでそうなる」
「なまえ姉さんが言ってたよ、あそこのお団子を食べたらどんな時でも笑顔になれるって!」
「…仕方ない、行くか」

家庭が欲しくないと言ったら少し嘘になる。大好きな人とずっと傍に居られたら、こんなに嬉しいことはないと思う。子供を作ってこんなふうに歩けたらいいなと思うときもある。
でも、それもこれも、叶えるなら私はあなたとじゃないと嫌だから。

「忘れないよ、ずっと」

「なんか言ったか?」
「…お団子、3本がいいな」
「は!?」



紫蘭

(あなたを忘れない)



20160630


   

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