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▼対

「ッ!!」

突然、びくんと跳ね起きる。
フーッフーッと吐く自分の荒い息とカチカチと動く秒針の音だけが響く深夜2時。
ばさりと落ちた髪をかき上げれば、予想以上にかいていたらしい汗がべっとりと手についた。驚きすぎて、最早どんな夢を見ていたのかすらはっきりと覚えていないけれど、それは決して良いものではなかった。
迫り来る、自分のものとは違う写輪眼。これでもかと込められた、憎悪の塊を孕んだ焼けるような視線。
ふらふらと布団を這い出て厠へ行けば、胃から逆流した物が血反吐と共に吐き出されて水の渦に流されていく。
立ち上がる力もなく、淵に手をついて呼吸を整えていたところで、顔の横に水の入ったコップが差し出された。

「口をゆすいだほうがいいわ。足りないならまた持ってくるから。」

隣で寝ていたのを起こしてしまったのか、すまない。と思いつつ、その言葉は音にならず、ヒューヒューと掠れた呼吸のままコップを受け取って口をゆすぎ、それをまた目の前の白い陶器に吐き出す。俺の手からコップを取り、代わりにタオルを差し出した彼女はまだ水は要るかと聞いてきた。それに対して首を横に振り、タオルに顔を埋める。彼女と同じ柔軟剤の香りに心が落ち着いていくのを感じながら、それで顔を拭いひと呼吸。

「薬、飲む?」
「いや…いい」
「立てる?」

そう問いながらも、もうすでに俺の背に腕を回してくれている彼女に感謝しながら足に力を入れてぐっと立ち上がる。さりげなく俺の手からタオルを取って洗濯機に放り込み、一回り小さな身体で俺を支えながらベッドへ連れ添い、ゆっくりと腰をおろした。
1週間に2回程度の回数で繰り返されるこの発作に似た症状は、ここ数週間前から突然に始まって俺たちを非常に悩ませている。それからと言うもの彼女は夜に動く任務をほとんど断り、就寝だけは俺と共に居ようとこうして努力してくれているのだが、俺にとってはそれが物凄くありがたくもあり、申し訳なくもあった。実際、一緒に居られる時間がもう少ないという事もあってこうしてくれているのだろうが、これでは恋人というよりヘルパーのようではないか。
俺がこんなに身を削っているのは、なまえの為にでもなんでもなく、ただの自己満足の為だけなのに。なのに、それを解っていながら献身的に尽くしてくれるものだから感謝も拒絶もできない。それが一番酷なのか。

「眠れそう?」
「今すぐには…難しい」
「隣に居てもいい?」
「冷えるから布団に入ろう」

俺と同じようにベッドに腰かけようとした彼女の腕を引いて、また布団に入る。
ふと気づけばいつの間にか枕カバーが替えられていて、ベッドサイドのテーブルの上には水の入ったペットボトルが置かれていた。嗚呼、なんて出来た人なんだ、そう思うのと同時に、ぼたぼたと水分が枕の上に落ちた。羽毛布団を捲ったまま無言で涙を流し続ける俺の目元に、またふわふわのタオルが押し当てられる。
こんなに、こんなに愛しているこの人に、俺は何も返せないままこの人の元を去らねばならないのだろうかと思うと、身が引き裂かれる思いで沢山だ。

それに。

少し泣き虫だったこの人が、最後に涙を見せたのはいつだっただろうか。
嬉しいことでも悲しいことでも、怒っている時でさえ涙を零して泣いていたなまえが。
彼女の涙を、そう言えば暫く見てないな、と涙を流しながら気づいた俺は、涙を拭ってくれている彼女の腕を引き、胸の中に抱き込んだ。とくん、とくんと小さな心臓の音が胸に響く。
数分経っても微動だにしない俺の背を、子供をあやすかのように優しくさすりながら彼女は言った。

「冷えちゃうよ、イタチ。」
「…ああ」

なまえが布団を手繰り寄せているのを横目で見ながら、そのまま身体を横に倒す。
任務で忙しかったとは言え、2人でこうして密着するのは何日ぶりだろうか。彼女の肩に顔を埋めて寂しさを充電するかのごとくぎゅうぎゅうと抱きしめれば、上からくすくすと笑い声が聞こえる。その笑い声さえも初めて聞く音のように聞こえてしまうのだから、俺は本当に悪い男だ。

「なまえ、何か欲しいものはあるか」

せめて、離れる前に、この身が朽ちる前に、彼女の望むものをひとつでも与えてやれたら。そんな思いで、彼女の耳元で囁いた言葉だった。
高価なネックレスでも、左手の指に嵌める指輪でも、それで彼女が満足するなら、笑顔になるなら、なんだっていい。
けれど、彼女の答えは俺が思い描いていたものにはひとつも当てはまらなかった。

「私は…何もいらないよ。」
「…」
「イタチがこうして私の隣に居てくれれば、それだけで幸せ。」

ただ、どうしても「物」じゃなきゃだめだと、言うならば。

「写真が…撮りたいな」
「写真、か」
「うん、2人の写真。部屋に飾っておきたいの。」

だめかなあ?と遠慮がちに俺の顔を見つめてくるなまえに、また涙腺が緩む。
なんで、なんで、この人はこんなにも無欲で。
なんで、なんで、俺はこんなにも貪欲なんだ。

俺は弟のために、俺のために、一族と里のみならず、彼女までこの手から手放そうとしているのに。
彼女は自分の身だけを削って俺を想って生きているんだ。

「…イタチ?私、なにか悪いこと言った?」
「違う…ッ、違うん、だ」
「…愛してるよ、イタチ。」

俺も、だなんて、そんなことは、言えなかった。
彼女の言葉に比べたら、俺のそれは嘘と変わらないくらい軽い気がして。
強く強く抱き締めて、少しでもこの気持ちが伝わればいいと念じて、泣いて。今度は自分の女々しさに涙が出そうになったところで、彼女がまた口を開いた。

「イタチはなんでもかんでも1人で抱え込みすぎ。」
「…」
「我慢、しなくていいから。申し訳なさとか、自己否定で何も言わずに黙ってるなら、全部ちゃんと言って。私は生半可な覚悟はしてないから。」

覚悟。
その2文字に、衝撃を受ける。
今まで自分の今後についてハッキリと言わなかったけれど、やはり彼女は彼女で俺のこれからを察して覚悟をしていたんだと、悟った。

「俺は…世界一幸せな男だな」
「今更気づいた?」

まだまだこれからよ、そう言って笑った彼女の目尻から、きらり光が流れて枕に吸い込まれていく。
安心したのか、段々と重くなっていく目蓋が落ちる前にもう一度彼女を強く抱き込んで、額にくちづけをひとつ。

「なまえは俺の一部だ」
「じゃあ、もう離れられないね」




それも悪くない。


20150114


   

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