日々log | ナノ




不安になっちゃう臼速SS

「サッカーと俺、どっちが大切だ?」
らしくもない事を唐突に言われて、一瞬思考が停止してしまった。らしくもない、というか、まさかそんな事を言うなんて、というのが本音だ。
だってまさか、あの臼井がだぜ?
「…、どっちがって、ベクトルがちげーじゃん。比較するものじゃない」
なんとなく。
じっと見つめてくる臼井の表情から、答えを間違えてはいけないような、そんな緊張感を覚えて少しだけ小さくなってしまった声に、けれども臼井はなんでもなかったみたいに笑って「そうだな」なんて。
「そうだなって」
「その通りだと思っただけだ、比べるものじゃない」
「…なに、なんかあった?」
そちらから問いかけてきたくせに逃げようとしてるのか、つい、と視線を外した臼井に、今度は俺が問いかける番だ。なんで、そんな事を言い出したんだ。しかもあんな雰囲気で。
けれどもそれに返事はない。聞こえないふりをしているような空気に、つい咎めるみたいにその名を呼ぶ。
「…うすい、」
けれども臼井は結局何も教えてくれずに、ただ、一瞬だけこちらを向いた瞳はどこか泣きそうな位に弱々しくて、らしくなさにばくばくと心臓が騒ぐ。
(なぁ、なに、なんでそういう事いうんだよ、臼井、)
それでも、どんなに不安で、それを問うたとしてもきっと答えは返ってこないんだろうから。
「サッカーも臼井も、どっちも大切だよ」
小さく、それでも確かに届くようにはっきりとそう告げれば、果たしてそれは届いたのだろう、臼井を包んでいた空気が少しだけ柔らかくなった気がして俺は小さく安堵の息を吐いた。
(ちゃんと好きだから、不安になんて、ならないでほしい)




サッカーを出したのは、きっと速瀬にとってそれが大切だから。でも、本当はなんでも良かった。ただ、速瀬が俺を好きなんだっていう、確かな言葉がほしかった。
「…どちらも大切、か」
必死に考えてくれたのだろう。見慣れた天井を見ながら、夕方に見た泣きそうな速瀬の顔を思い出して苦笑する。
困らせてしまった、自覚はある。それでも不意に不安になる気持ちを、今日は何故だか堪える事が出来なかった。
(…好意を向けられる事には、慣れてるんだけどな)
自嘲気味に浮かべた笑みは、誰にも見られていないのになんだか恥ずかしくなって布団に潜り込む。
らしくない、と、自分でも思う。
それでも、そう、きっと、初めての事だから。
(誰かを好きになるっていうのは、こんなに怖い事なのか)
想われてばかりだった過去を思い出して、少しだけ反省した。適当にあしらうような事をした覚えは無いつもりだけれど、それでもきっと自分に好意を向けてきてくれた少女を、悲しませた事はある。
自分がその立場になってみなければわからない事は沢山ある。それを、実感した。
おまけに自分はちゃんと速瀬に好きだと言ってもらえて、恋人という関係にまだ収まっているのに、それでも不安になっている。こんな、らしくも無い事で眠れなくなる位には。
「…サッカーと速瀬なら、俺はどうするかな」
ぼんやりと考えて、速瀬を取り上げられてしまうなら、と思うくらいには、色ボケしてしまってるらしい自分の思考に、また苦笑した。
「…速瀬は、サッカーをえらばないと怒るだろうな」
なんとなく、その顔を、声を想像してしまってまたたまらなくなる。こんなに、誰かを好きになるのは初めてなのだ。
だから、
「…ありがとな、速瀬。サッカーと同じくらい、俺の事を好きになってくれて」
誰にも、それこそ本人にも届かないし恥ずかしくてきっと伝える事はないそれをこぼして、俺は今度こそきっちりと布団をかぶり直して眠りについた。
(大丈夫。不安ですらも、心地良い)






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