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臼速SS

欲望と現実。同性を好きになるという事が普通ではない世界。…速瀬が恋人を求めていて、勿論だけれどその対象に自分は該当しないという事実。わかっていた事なのに、割り切っていたはずなのに。
「…臼井、」
こうして、抑えきれずに溢れた感情のままに抱き締めれば返ってくる温もりにおかしくなる。
「…どうしたんだよ、らしくねぇ」
困ったように、ぶっきらぼうに吐き出された言葉は、それでもどこか優しさが含まれている。いっそ突き離してくれれば諦めやすくなるのに。速瀬はいつだって俺に甘すぎる。水樹のように、気付いてもくれなければ。国母のように、知らぬふりをしてくれれば、…違うな。
そんな、曖昧な甘さで手を伸ばしてくる速瀬だから、どうしようもなく欲しくなって。
「…好きに、なったんだ…俺は」
小さく、こぼれおちた言葉にびくりと震える体。ああ、お前なら、きっともうわかってるんだろう。そっと腕をゆるめてその顔を覗き込めば、案の定僅かに走る動揺と、赤く染まる頬。けれども、戸惑いの方が大きい。小さな瞳を、落ち着かないとでもいうように彷徨わせる姿に、どうしようもなく愛しさがあふれてくる。
「…速瀬、」
「っうすい、あの、」
握り締めたその腕は、力を込めれば僅かにこわばった。
「…言葉の通りだよ。俺はお前が好きだ、速瀬」
だから、こうしてる。真っ直ぐに見つめればぶつかる、揺れる瞳。その瞳に嫌悪の色は見えなくて、期待してしまう。
(期待?何を言ってるんだろうな、俺は)
そんなもの許されるわけがないのに。あり得るわけがないのに。けれど、でも。
「…もし、少しでも嫌だと思うなら殴ってでも逃げてくれ」
こんな言い方をする。
(速瀬の甘さに、つけこんでいる自覚はあるさ)
…果たして速瀬は、その言葉に困ったようにぎゅっと眉を寄せた。ああ、本当に、ズルい事を言っている。
「…逃げなかったら、どうするんだ」
それでも、そうしてこちらの言葉を待ったりするから。
「…キスを、する」
「…それだけか」
「…っ」
いけない。こんな欲望、出してはいけないのに。
「…叶うなら、一度だけでいい。一度だけで良いから…一生分の、速瀬がほしい」
どろりと、小さくだけれど震える唇から落ちた言葉はずっと抱え込んでいた薄汚い欲望。…醜い性欲だ。
…それでも、速瀬はやはり拒絶しなかった。
「…お前がそれで満足するなら」
「…意味、わかってるのか速瀬」
最早音にすらなっていないような掠れた声でそう問えば、けれども、それでもじっと目をそらす事なく見つめる瞳に、泣きたくなった。
(真剣に、向き合ってくれている)
「…抱かせて、くれって言ってるんだ、…男のお前に」
それなら、こちらだって相応になろう。
汚い欲望も、醜い感情も全てさらけ出して、叶わなくて良いから、この想いをー、
「…良いよ。…お前がそれで良いなら、…いっかいだけ、抱かれてやる」
「っ…」
ぶつかった瞳からは、もう戸惑いの色は消えていた。
「…そういうの誰に言うにしても勇気いるだろ。特にこういう…同性相手の場合は」
それを、ちゃんとぶつけるお前は、すごいと思うし、俺だって、臼井みたいなすげーやつに好かれてるなら悪い気はしない。
少しだけ言い訳みたいに呟かれた言葉は、けれども優しさが詰まっていて。
「…本当に、良いのか」
震える声でそう問えば、「 …一生分、ちゃんともらえよ」そう笑うから。
(ああ。本当に、)
好きになったのが、速瀬でよかった。例えこれきりだとしても、俺はきっとこの記憶を、感情を、感触を、全てを永遠に出来る。
ぎゅっと握り締めた拳に重なった手の熱に、とうとう涙を堪える事は出来なかった。
「…もちろん」
だから、そう続けるはずだった言葉は飲み込まれる。速瀬から与えられた口づけは、何度も見た曖昧な夢なんかよりも、ずっと甘くて、切ない。
「…、少しだけ、(我慢してくれ速瀬)」
きっとそれを口にすれば怒られてしまうのであろう言葉は飲み込んで、何度も、何度も触れるように唇を啄めば、潜り込んできた舌先に全部がしびれた。
(…一度きり、)
一度きりだから、どうか。
速瀬を傷付けないように、俺だけの、傷になるように。…出来るだけ、速瀬の思い出には残らないように。
そう願いながら、俺はそっと目の前の体に手を伸ばした。

【一生分の君が欲しい】




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