上続き

「私の何処が駄目ネ!?」

「その道のプロと張り合ってどうするよ…」

レディをなめんなよ!私だって演技位出来るアル!と、神楽の声に力が入る。
胸を張り、踏ん反り返る姿が目に浮かんだ。

「じゃあよ、俺が採点してやるから電話越しに演じてみろよ。この後の会話を全部ドラマの台詞で話すんだ。お前の事だから、ほとんどの台詞を覚えてんだろ?それからピックアップするだけだから台詞を考えなくていいだろ」

ドラマを思い出しているのか、少し間が空いて彼女は口を開いた。

「どこにも行かないで」

驚いた。
言葉選びにと言うのもあるが、何より声に悲哀な色が混ざっているのだ。
ここだけを人が聞いたら、恋人との別れを惜しんでいるように聞こえただろう。

「お願い…そこから動かないでいてよ」

えぇっと、これらを神楽の心境に変換すると、電話から離れずに見張っててくれ、だな。

「大丈夫、大丈夫だから。まだ俺はここにいるよ」

神楽が演技をしやすいように、こちらも演技に乗ってやる。

「だから俺が帰るまで待ってろよ。近い内に、いや早く終わらせて帰るから。だから待ってられるよな?」

「神楽はいいこだもんな、だから待てるよな?」

優しく諭すように語りかけるように。

「バカにするなよ…」

これはそのまま、神楽の言葉だろうな。

「ずっと…待ってる」

帰ってくるまで我慢して待ってる、か?
さっきから俺に頼んでるけど、周りに止められる奴とか居ねぇのか?
あれ? 新八は居るよな?

「今、誰といる?」

頼むから誰かといてくれ。

「私一人ネ」

新八は買い物か?

「そばにいて…」

ヤベェッ、そろそろ限界か!?
お腹が減り過ぎて神楽の声が掠れてやがる!
多分、食欲と我慢の間をユラユラと揺らいでるんだろうが、待て!
せめて新八が帰るまで、持ちこたえてくれ!
落ち着け俺、演技に集中しろ。
今は落ち着いてコイツを止めるべきだ。

「……ごめんな」

悪い、俺が本当に悪かった。だから堪えてくれ。頼む。

「……許して欲しい」

それでも無理だ駄目だと言うのなら

「約束をしよう」

大切な大切な約束だ

彼女もなにアルか?と素に帰って首を傾げているようだ。



「酢昆布、更に一箱プラス」

その一言に彼女も息を飲んだのが電話越しに伝わった。


「好き」

これは酢昆布がか?それとも酢昆布をくれる俺に対しての言葉なのか?
いや、まだ声が掠れてるから、多分高級菓子になんだろうな。
菓子が危ねぇ。


「もう、離れないで」

二人の気持ちが同調する。

一方は抱き込むように腕に抱えられた和菓子に対して、もう一方はその彼女を止めたいと言う思いから。
離れないでと言ったのはどちらだっただろうか。
意味と向けられる対象が違うが、不安な気持ちが重なりあい、空気がはりつめる。

正直演技でも耐えられない。
自分が帰るまでにお菓子は無事でいてくれるのか。不安で不安で仕方がない。
それでも仕事は待っちゃくれない。
そろそろ今手につけている仕事に戻らないと。

タイムリミットだ。

「なぁ、神楽。もう大丈夫だよな。俺もそろそろ行かなくちゃいけな」

話の途中で電話越しに扉の開閉音が聞こえた。


続く


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